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「なんでうまくいかないんだろう……」
しょぼくれた表情で肩を落とすアカリに、ミノルはかかと笑った。
「気にすんなってお嬢ちゃん。ニハチも昔はずいぶんとやらかしたんだから」
「ニハチさんも?」
「そーそ、蕎麦粉ひっかぶって真っ白けになったりしたよなあ」
「ミノル!」
「照れんなって。事実だろ」
「そうですけど! あれは昔のことですから!」
「そうそ、だからニハチもお嬢ちゃんのことは言えないよなって話よ」
「ニハチさんにも、そんな頃があったんですねえ」
しみじみというアカリに、ニハチはますます赤くなる。その彼を軽くつつき、ミノルはまた、笑った。良い傾向だ。ニハチは少し頑固なところがあるし、心配していたのだが、どうやらうまくやっているようだ。
「ほら、アカリさん、そろそろ出ないと、学校に遅れちゃいますよ」
「ほんとだ! すみません、また夕方に来ますから!」
アカリは勢いよく割烹着を脱ぎ、鞄を掴む。
「じゃ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
暖簾をくぐるアカリを、ニハチは目を細めて見つめていた。差し込む日の光が、床にまだら模様を描いている。鼻先に雨の香りを感じ、ニハチはそっと眉を寄せた。
「今日は、少し荒れるかもしれませんね」
叩きつけるような大雨になったのは、午後五時を大きく回ったころである。ひとつ、ふたつ、落ちた雨粒は、たちまち大きな流れとなって蕎麦屋の屋根を叩いた。
「ひー、参った参った」
バケツをひっくり返したような雨である。ミノルはぐっしょりと濡れた髪を軽く絞った。ニハチは苦笑しながらミノルに手ぬぐいを差し出す。
「だから、荒れるかもって言ったじゃないですか」
「そうだけどよ、まさかこんなに降るとは思ってなかったもんよ」
背中の荷を降ろし、手ぬぐいで髪や服を拭いながら、ミノルは大きくため息を吐いた。
「これ、今年の初物。雨は大丈夫だと思うけど、一応見てみてくれねえか」
顎でしゃくられて、ニハチは籠の中をのぞき見る。
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