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「わあ、タラノメとコシアブラですね」
「まだなり始めだから数は少ないけど、その分柔らかくてうまいぞ」
雨粒をつやつやとはじいた、春の味覚。ニハチは相好を崩した。
「でも、そんなにまでして、来てくれなくてもいいんですよ。明日の朝でもよかったのに」
「そうはいかねえよ。採れたてが一番だろうし、お嬢ちゃんにも早く食べてもらいたかったしな」
そう言って、ミノルはあたりを見回した。
「あれ。お嬢ちゃんは」
「まだ、来てないんですよ」
ニハチの顔が曇る。時計は五時半を少しすぎたところである。いつもならば、アカリはもう到着していて、割烹着を戦闘着に鰹節と戦っている最中のはずだ。
ニハチは外を見やった。今や外は真っ暗である。恐ろしいほどの雨音が、じゃばりじゃばりと砂利道に木霊した。
「まあ、どこかで雨宿りでもしてるんでしょう」
「だといいんだがなあ」
しかし、三十分経っても、一時間経ってもアカリはやってこなかった。普段はのんきなニハチもさすがに心配になってきた。ミノルはもっと酷い。先ほどから店内をうろうろとさまよっているのである。
「おい、ニハチ」
ついにしびれを切らしたミノルは、ニハチに声を掛ける。
「お前、アカリちゃんの連絡先はしらんの?」
「一応、自宅の番号は教えてもらってますけど」
「かけてみたか?」
「いえ」
ミノルの眉がつり上がる。
「なんで、かけないんだ!?」
「うち、電話、ありませんから」
そうだった。ミノルは痛む頭を押さえながら、ふうと息を吐く。
「わかった。じゃあ俺がかけるから」
そう言うと、ポケットからスマートフォンを取り出したものだから、ニハチは丸い目をさらに丸くする。昔から、新しいモノが好きであったが、まさかスマホまで持っているとは思わなかったのだ。
ミノルはスマホを軽やかに起動し、早速電話をかけ始める。
「……もしもし、斎木さんのお宅ですか?」
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