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どうやらつながったらしい。目でニハチに合図を送り、ミノルは一オクターブ高めの声でなおも言った。
「アカリさんの友人の、ミノルといいます。アカリさんは……そうですか。いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
電話を切ると、ミノルはニハチに向き直った。
「お嬢ちゃん、家にはいないそうだ」
「えっ」
ニハチの顔が、すうと青ざめたのを、ミノルは見逃さなかった。同じく顔を引き締めて、確かめるようにうなずいた。
「今日はまだ帰ってきていないらしい」
ニハチはほっかむりを外した。そのままたすきもおろし、前掛けも外すと丁寧にたたんでカウンターに置く。
「おい」
「ちょっと、探してきます」
「探しに……って、どこを!?」
家にはいない。それは分かっている。けれど、逆に言うならば、それしか分かっていないのだ。
「とりあえず、駅まで。もしかしたら、立ち往生しているのかもしれませんし。それに……」
小屋の隅にたてかけてあった和傘を取りあげて、ニハチは呟いた。
「万が一のことが、あったら」
そう、もし怪我をしていたり、事故に遭っていたりしたら。
――ニハチ。
――おおい、ニハチ。
「ミノルはここにいてもらっていいですか?」
「でも」
二人で探した方が、といいかけたミノルを遮るようにして、ニハチは言葉を重ねる。
「もしかしたら、行き違いになるかもしれませんし。それに」
ニハチはちらり、とミノルの手に持ったままのスマートフォンを見やる。
「連絡が取れる人は、動かない方がいいでしょう」
「……分かった」
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
そう言い残すと、ニハチは立てかけてあった和傘を差し、外へ飛び出した。雨粒が傘を叩く。足下で、砂利がじゃぶりとなった。下駄ばきの素足が雨に沈んでもニハチは気にしなかった。
――ニハチ、ごめんなあ……。
先代、ヤジロ小父の声が聞こえた気がした。
人間はいつもそうだ。どんなに丈夫そうに見えても、気づいたらいなくなってしまう。まるで掌から零れ落ちるみたいに……。
もしアカリに何かあったら、ニハチは自分を一生許すことができないだろう。
ニハチは雨道を駆け続けた。遠くに駅の明かりが、ぼんやりと滲んで見えていた。
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