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 ――やだ、降ってきちゃった。  昇降口で靴をはきかえながら。アカリは空を見上げた。朝はぴかぴかの天気だったのに、春の天気は変わりやすい。今日に限って折りたたみ傘を持ってきていなかった。  もう一度、空を見上げる。雲は低く垂れ込めている。通り雨かとも思ったが、そんなことはなさそうだ。簡単には晴れないだろう。重くどんよりとしたその様子にアカリはため息を付いた。 一度、帰るか。それともこのままニハチの店に向かうか。  ――いいや、そのまま向かおう。  駅までは商店街のアーケードを通ればそれほど濡れずにすみそうだし、高王の駅からどうするかは、向こうに着いてから決めればいい。確か駅前に小さな売店があったし、そこで傘を買うというのも手だ。  昇降口を出て、さあ走ろう、という時だった。すぐ脇の校門のところに、見覚えのある人影が立っている。 「アカリ、ちょっといいか」  大きなこうもり傘。くたびれた灰色のスーツ。冴えない顔をした父親が、そこにいた。 「お父さん、なんでここにいるの?」 「ちょっと話せないか?」 「……仕事は?」  まだ夕方だ。この時間が業務内であることくらい高校生にでも分かる。父はくしゃりと顔をゆがめて、アカリに傘を差し掛けた。そして片目をつむり、いたずらっ子のように笑った。 「実はお父さん、今サボリ中なんだ」  それだけ言うと、歩くように促される。断っても良かったのに、足が勝手に父について行く。相合い傘。父の傘は大きくてアカリなどすっぽりと包んでしまう。  昔、父は母ともこうやって、相合い傘をしたのだろうか。そういえば、二人はどうやって知り合ったのだろう。  喫茶店に入ると、父はすっとハンカチをアカリに差し出した。ありがたく受け取って、肩や髪についた水滴を拭う。無言だった。父は目の前でメニューを開き、なにを頼もうか思案しているようである。アカリは頬杖をついてそれを眺める。  思えば、父とこうして二人で喫茶店だなんて、初めてなのではなかろうか。  コーヒーと、父がチョイスしたショートケーキ、アカリのチョコレートケーキのプレートが届くと、父は一度アカリを見て、ややあって目を伏せた。 「話っていうのはな、その、つまり」 「わかってる」  アカリはフォークでチョコレートケーキを切り分ける。早く食べよう。食べてしまって、それから、ここを出るのだ。 「離婚のことでしょ?」  言い放って、ケーキを口に放り込む。苦い。チョコレートも安っぽい味がするし、スポンジもぱさぱさだ。作ってから時間が経っているのではなかろうか。  父は目を見張り、眉を下げた。 「アカリに誤解されるのはいやだから、ちゃんと話させてほしいんだ」 「なにを話すの。今更……」 「聞いてほしい。あのな。お父さんとお母さんは、お互いを嫌いあって別れる訳じゃない。むしろ、その逆なんだ」  父はそこで、一度言葉を区切る。言い含めるように、アカリに微笑みかけた。 「お父さんは、今でもお母さんを愛している。お母さんも、お父さんのことを愛している」
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