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 逡巡(しゅんじゅん)し、財布の中にいくら入っていたかを考えながらもアカリは暖簾をくぐる。おなかも空いていたし、家に帰る時間を少しでも遅らせたかったのだ。  店の中は薄暗かった。アカリは(つまづ)かないように注意しながらカウンターに腰掛ける。よく見れば、照明の類はカウンターの隅においてある蝋燭(ろうそく)のみである。ゆらゆらと揺れる火が暖かく、アカリはほうと息を吐く。 「珍しいですねえ。学生さんですか?」  後ろを向いたまま、店主が呟いた。  アカリは答えない。時間も時間であるし、もしそうですと答えて、変に説教されたらたまったものではない。  黙っているアカリをどう思ったのであろうか、少なくとも気にはしていないようである店主は口を閉ざし、厨房に向かっている。沈黙が、店を包み込む。お湯のこぽこぽとした音、外の虫の声。それ以外は何も聞こえない。  アカリはどこかほっとした気分で、店を眺めていた。 「お嬢さん」  不意に掛けられた声に、アカリは目を瞬かせた。  見ると、カウンターの中で店主がなにやらもじもじしている。今どき時代劇でしかお目にかかれないようなほっかむりを深く被っているせいか、表情は分からない。それでも、店主が何か言いたそうにしていることは伝わったので、アカリは水を向けてみる。 「はい?」 「この蕎麦屋に来るときに……」 「来るときに?」 「その、何か、変わったことはありませんでした?」  妙にそわそわと訪ねてくる。  アカリは首を傾げた。 「変わったこと?」 「ええ、ここにくる道中とか、ほら、何かあるでしょう?」  別に、と言い掛けて、はたと思い浮かぶ。 「そういえば……」 「そういえば!?」  畳みかけるように言葉を重ねる店主に気圧されながら、アカリは呟いた。 「のっぺらぼうが……」  とたん、店主の様子が変わった。目深に被っていたほっかむりに手を起き、おどろおどろと囁いたのである。 「それは……こういう顔では、ありませんでしたか?」   するり、とほっかむりをほどいたその顔を見て、アカリはため息を付いた。つるりとした卵のような顔。目も、鼻も、口もない。  のっぺらぼう。  二度目になると、さすがにインパクトもない。これはそういう、町おこしのイベントか何かなのだろうか。だとしたら驚いてあげたほうが親切なのかもしれないが、あいにくと、今はそういう気分ではない。 「はい、そういう顔でした」  もういい、さっさと蕎麦を食べて帰ろう。本当は帰りたくないけれど……。
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