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「で、結局断っちゃったってわけ?」
カウンターに突っ伏すようにして美女、ひとり。ちびりちびりと猪口に入った酒をなめている。妙齢の女性であった。さらりとした黒髪を肩のあたりでぱつんと切りそろえ、色白、面長。その白い頬は酒のせいかうっすらと染まり、切れ長の瞳を細める様はぞくぞくするほど色っぽい。猫のような体を上品なカジュアルスーツに包み、そのミニスカートからは肉付きのいい太股がちらりと覗いている。
「そうなんだよ、もったいないよなあ」
相手をするのはミノルである。こちらも程良く酒が入り、赤く染まった目尻を歪ませて厨房奥のニハチを見やって笑う。
夜。月は隠れ、分厚い雲が垂れ込めている。
『二八そば』の看板提灯に灯りが入ると、そこここから集まるのは魑魅魍魎あやかしものの類たち。腕の長い者、舌が二枚の者、目玉が一つのものなど、枚挙に暇がない。
月のない夜のニハチ蕎麦は賑やかである。大抵のあやかしものは、酒が目当てでやってくる。そして、そんな彼らからニハチはお代を取ったりはしない。
「ここは、蕎麦屋ですからね」
とはニハチの談である。
「蕎麦以外のものから、お金取るのは申し訳なくて」
「申し訳ないって言ってもよお」
ミノルは苦情を述べたものだ。
「一応、商売でやってるわけだろ? それじゃ、元がとれねえんじゃねえの?」
「そんなことはありませんよ」
ニハチは平気の平左で言い返した。
「彼らは繁盛しない店には寄りつきません。そういうものだ、と先代から聞いています」
小さなお猪口や平皿に入れた酒をうまそうに飲むあやかしものは『えんぎもの』だと思うようにしている、という話であった。そして、他に客がいるときはニハチも二度化かしは行わない。
そんなわけで、満員御礼。あちらこちらで酒を啜る音が聞こえ、やんややんやの宴会騒ぎ。一人で飲むもの、数人で固まって談笑しているもの、ひそひそとあまり良くなさそうな相談をしているものなど、あまり広いとは言えないニハチ蕎麦屋は、喧噪に包まれている。
色っぽい女性……マッキーはその中でも、きちんと蕎麦を頼む『上客』だった。今も小鉢に盛られたざる蕎麦をつまみに、一杯やっているという訳である。
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