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「せっかくだから、弟子にしちゃえば良かったじゃない」
「簡単に言わないでくださいよ、マッキーさん」
眉を寄せながら、ニハチは美女の前に小鉢を置いた。
「あら、蕨?」
「ええ。今日ミノルが持ってきてくれたんですよ」
小鉢にちょこなんと盛られている鮮やかな緑と、鰹節の香りにマッキーは相好を崩した。
「もうそんな季節なのねぇ」
「ゼンマイも天日干ししている最中なので、明日、明後日には食べられるようになりますよ」
「あら、素敵」
目を細めて笑うこの美女、マッキーも勿論人間ではない。あやかしものの一員である。
「でも、なんでまた、弟子に~なんて考えたのかしらねえ」
「それよ、それ」
ミノルも身を乗り出して話に乗った。
「どんなに聞いても頑なに答えねえんだ、これが」
詳細はこうである。
「あたしを、弟子にしてください!」
がばりと頭を下げたままの少女と、固まってしまったニハチを、ミノルは交互に眺めた。
話の流れだと、どうやらこの子が昨日の女の子らしい。ニハチの二度化かしにもめげず――成功率は元々低いのであるが――蕎麦を食し、普通にお金を払っていったという……。
「あ、あのさあ……」
おそるおそる、と言った風情で声をかけると、前にも増した勢いで女の子が顔を上げた。
「あたし、斎木アカリって言います。二条高校の一年です」
「へ!? 二条高校っていや、あんた……」
ここから電車で一時間はかかる都心の私立高校である。少女はミノルの話など端から聞いていないようで、まっすぐにニハチに詰め寄った。
「昨日のお蕎麦、感動しました。あたし、ああいう蕎麦を打てるようになりたいんです。お願いします!」
「お、お願いしますって言われても……」
もはやニハチは逃げ腰である。じりじりと後ずさり、今にも店の中に入らんとする彼を前にして、なんと、そのアカリという少女はひざを折ったのである。
「ちょっ」
「この通り、お願いします!」
砂利道に三つ指ついて、深々と頭を垂れる。今日日見たこともないほど、完璧な土下座だ。
「や、やめてください!」
ニハチは思わずアカリの肩に手をのばす、と、その手を痛いほど捕まれた。ぎょっとする。
「お願いします」
間近で少女の顔を見る。意志の強そうな瞳に、うっすらと浮かんでいるのは涙であろうか。
「……とりあえず、お嬢さん、立ちなって」
見かねてミノルが声をかけた。ようやくその声が届いたようで、アカリはニハチの手を離し、くるりとミノルを降り仰いだのである。
大きな瞳。猫のようなアーモンドの瞳にミノルの顔が映っている。臆せずにまっすぐと瞳を見る子なのだろう。育ちの良さを感じられ、ミノルはヒュウと口笛を吹いた。
「あなたは?」
「俺はミノル。この店主の友だち」
「そうでしたか」
花が開くように笑う。
「よろしくお願いします。アカリです」
もう一度、地面に着くように深々と頭を下げられて、ミノルは困ったように髪をかき上げた。
「こりゃ参った。おい、ニハチ、どうするよ」
声をかけられた店主はまだ固まったままである。ミノルは大きく息をつき、ニハチの眼前に両手を持っていく。
「せーの」
パン、と打ち鳴らされた掌に、ニハチはどんぐり眼を瞬かせた。
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