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 自分の家庭に悩みなどない、と思っていた。  アカリは一人っ子である。  父親は公務員、母はネットショップの経営者。二人とも尊敬できる親であるし、金銭的に困った記憶がない。何より二人は端から見ても仲が良く、よく話し、笑いあう、そんな家庭だと思っていた。  だから、アカリは今、自分に起きていることが理解できないでいる。 「アカリ、ちょっといいか」  月の綺麗な夜であった。  部活を終え、いつものように学校から帰ると、珍しく、二人とも揃っていた。ただいま、と声をかけ、自分の部屋に行こうとしたところを父に遮られたのである。  そのまま、リビングのソファに勧められるがまま腰掛けた。向かいには両親がいる。二人とも、怖いくらいに真剣な表情をしている――。なんだかいやな予感がして、アカリは制服の裾をぎゅうと握りしめた。  母が父に目配せをする。父は頷いて、ゆっくりと口を開いた。 「お父さんと、お母さんな……」  そして、気づいたら。  アカリは家を飛び出していたのである。  わき目もふらずに電車に乗った。行き先は見ていなかった。とにかく遠くへ、遠くへと行きたかったのである。
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