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両親が、離婚するという。
晴天の霹靂、という言葉が頭をよぎった。現代文学の授業のときに、担任の林田がやけにうれしそうに説明していたのを思い出す。
「目に浮かびませんか。あんなに晴れていたのに、急に稲光が光る。驚きますよね。まさかそんな、と思う。心にそのような衝撃が走ったとき、昔の人は稲光を思い出しました。感情表現は時に自然と密接に関わりが……」
――先生、バカにしてごめんなさい。
日本語オタクと影で友人たちと笑ったことを、アカリは今、とても後悔している。
乗り込んだ電車は混んでいた。満員電車とは言えないまでも、座れるほどの余裕もない。吊革にぶら下がって、アカリは電車の窓から外を眺めている。疲れ切った顔のサラリーマンが吊革にぶら下がっている。あそこに固まっているのは大学生のグループか。ずいぶんと楽しそうに盛り上がっている。それを一瞥して、近くのOLが舌打ちをした。綺麗に化粧した眉がひそめられている。これでは美人も台無しだ……。
電車が、トンネルに入った。黒々とした窓に、アカリの顔が映り混んでいた。酷い顔をしている。今にも泣きそうな顔じゃないか。自覚すると、じんわりと涙が滲んできて、アカリは慌てて俯いた。鞄の中からスマートフォンを取り出して、酷く後悔をした。
家からの着信が数十回。アカリはスマホの電源を切った。
惨めだった。不覚にも涙がこぼれた。
――急に、なんなの。
離婚するならするで、もっと前もって感じ取らせてくれればよかったのに。そしたらアカリも心の準備ができたというものだ。
離婚、だなんて。
どうしてだろう。あんなに仲が良かったのに。いや、それもアカリの前だけだったのだろうか。仲良さそうに笑ったり、お互いを気遣う言葉をかけたりしているところも何度も見た。
全部、全部嘘だった。
ひとり、またひとりと電車から人が下りていく。それでもアカリは動けなかった。
こんなことをしていても、どのみち両親は離婚するのだろう。だったら家に帰って、ちゃんと話を聞かなければ。分かっていても、体が動かない。
気づけば、終点に着いていた。
仕方なく電車を降りる。ホームはひんやりとして、そして暗かった。電光看板は『高王』と書いてある。
この駅、見覚えがある。ここから数分歩いた場所に、登山口があるのだ。都心から気軽に登山できるとあって、小学生の時遠足で訪れた記憶がある。
改札を出ると、濃厚な土の香りがした。山が近いのだ。ずいぶんと寒い。制服の襟を合わせるようにしてアカリは歩いた。歩を止めたらだめだ。ここでやめたら、帰らなくてはならなくなる。
歩いて、歩いて――そしてアカリは、『二八そば』を見つけたのである。
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