帰郷

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 ガタ、ガタン、ガタガタ……。  上り坂、下り坂、右に左に急カーブ。起伏が激しく悪路の多い山道で、バスの車体が大きく揺れる。  それだけでなく、先ほどからバスは何度も急ブレーキを繰り返していて、どこか変だった。  エンジントラブルでなければ良いがと心配していたら、とうとうガクンと停まった。  停留所でもない山の中。どうしたのかと思っていると、ブッブーブブブブブブーーーーー、と激しくしつこいクラクションが聴こえたので何事かと前方を見る。  バスの前にオリーブ色のフォルクスワーゲンが停まっている。その前には黒いBMWが停まっている。バックして車間距離を縮めたのか、ギリギリの位置にある。  片側が崖の幅狭い道。無理やり追い越すと大変危険である。前の車が先に進まないことには、バスも進むことができない。  何かのトラブルだろうかと思って見ていると、BMWから真っ黒いグラサンを掛けたオールバックの金髪男性が降りてきて、フォルクスワーゲンのドライバーに、「てめえ、いい加減にしろよ!」と詰め寄った。  BMWの助手席から金髪の女性が身を乗り出し、スマートフォンで撮影までしている。  怒号がバス内まで聴こえてきて、自分が言われているかのように乗客たちも緊張の面持ちになり、静かに事の成り行きを見守った。  バスの運転士は、黙って様子見をしている。 (煽り運転かなあ)  よくそのようなトラブルがテレビで取り沙汰されていたから、何となくそう思った。フォルクスワーゲンが逃げられない位置で停まったに違いない。  グラサン男は、「オラ! 降りろ!」「バカにすんじゃねえ!」「てめえが悪いんだろ!」と繰り返しわめいているが、何があって激怒しているのか、どこが問題なのか、どうしたいのか、いくら耳を傾けても、肝心の内容に触れていないから、こちらにはサッパリ理解できなかった。ただ怒鳴り散らしたいだけに思えた。  フォルクスワーゲンのドライバーは車から出てくることなく、ひたすら頭を下げている様子が後頭部の動きで分かった。 「チ!」  これ以上騒いでも埒が明かないと悟ったのか、バスの乗客たちの視線が気になったのか、グラサン男は引き下がって自分の車に戻っていった。ブォォォオオンン……とエンジンを無駄に吹かして急発進で出発していった。  難を逃れたフォルクスワーゲンもゆっくり走り出す。 「発車します」  運転士がマイクでアナウンスすると、バスも再び走りだした。  大きな揉め事にならなくて良かったと、ホッとしてシートに身をうずめる。  後方席にいた、私とさほど年の変わらないペアルック男女が、「今のって、煽り運転ってやつ?」「話が全然通じていなかったよな」「スマホで撮影までしていたよね」と興奮気味に話している。プラチナ髪と白パーカーがお揃いだ。
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