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「最後にこれだけは教えて。彩人君もあなたたちが手に掛けたの?」
「さすがにそれはない。実の弟だからね」
冷血な殺人鬼にも、家族への情があった。血の通う人間なのだと分かって、少しだけ安心した。
「じゃあ、どうして彼は亡くなったの?」
「自殺だ」
「動機は?」
「遺書があった。そこには、僕の存在が耐えられないと書かれていた」
「あなたたちがしていることを、知ってしまったってこと?」
「そうなんだろうね」
「陽向ちゃん、七奈は彩人君のことで会いたがったんでしょ? 最後に何を話したの?」
「事故なのか自殺なのかって聞かれた。先輩から聞いた話では、あなたと交際しているけど、家柄が釣り合わないこと、親に結婚を許して貰えないだろうと悩んで自殺したんだって言ったら、私のせいかと馬鹿みたいに号泣していたわ。ね、先輩。そうよね?」
「現代版ロミオとジュリエットのヒロイン気取りだったよな」
二人は、七奈を小馬鹿にして嘲笑った。
「そんな言い方しないで!」
彩人は、兄の重大犯罪を知って悩んでいた。恋人である七奈に、家族の不祥事など打ち明けられない。一人で悩みを抱えてあの世に旅立ったのだ。
七奈は、恋人が突然死んだ理由が分からなくて、ずっと悩んでいたのだろう。何とか真実を探ろうと、兄の早耶人と仲の良い陽向に会って、そこでウソを吐かれて絶望したまま死んでしまった。
彼女の胸中を思うと、気の毒で涙がこみ上げる。
そんな私を、早耶人も陽向も馬鹿にしたように見ている。
「もういいだろ。日が暮れてきた。真っ暗になる前に済ませないと」
事務的な殺意を隠すことなく見せつけてくる。彼らは人を殺し過ぎた。感覚が完全に麻痺して、流れ作業と化している。
早耶人の手が私に向かって伸びてきた。
「よく聞いて! 今までの会話は全て録音したから!」
「それがどうした」
全くひるまない。
手を振り払って逃げようとしたが、早耶人に体を掴まれて引き留められた。
どこから取り出したのか、陽向がエアゾール噴霧器を手にしている。白い漏斗が噴出口に取りつけてあり、二人掛かりで口元に押し当てられた。抵抗してもがくと、プラスチックの軽い感触が歯に当たった。逃げ出そうとしても、早耶人に抑えられて、圧倒的な力の差で思うようにならない。
痛みを感じて息苦しくなるほど、漏斗を力任せに押さえつけられた。
体の自由が利かない。自分の意志ではどうにもできない。このまま殺されるんだと思った。死にたくないと思った。
(お母さん! お父さん! 都鶴!)
大事な人たちと最後の別れができないまま、会えなくなると思うと悲しくなった。
(そうか。死ぬって、誰とも二度と話せなくなるということなんだ。今まで殺された人たちだって、最後に大事な人と会話をしたかったはず)
そう考えると、自分勝手な理屈で人の命を奪ってきた早耶人と陽向に猛烈に腹が立った。
こんな人たちが捕まらないでのうのうと生き続けるなんて、絶対に許したくないが、今は自分の命が先に終わりそうである。
「ク……、ウググ……」
なんとか抜け出そうと試みるが、無駄な抵抗であった。
早耶人があの時のように耳元で囁く。
「すぐ泣かずに済むようになる。感情も感覚も思考も、何もかも失うんだから」
悪魔の声だ。
「嫌よ! 死にたくない! 助けて!」
「騒ぐな!」
いくら必死に叫んでも、二人の心に届かない。遠い遠い、この世で一番遠い存在。
(私の人生、これで終わりなの? 本当に? 信じたくない!)
エアゾール噴霧器から、シュー、と気体の噴射音が聴こえた。しばらく息を止めて頑張ったが、我慢できずに吸い込んでしまい、怪しい気体が肺に流れ込んだ。頭がぼうっとして体が震え、意識が遠のいた。
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