呪縛

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◇  意識不明となった市留は、全身の力が抜けてぐったりする。  それを見て、早耶人が「いったな」と、押し付けていた漏斗を口から外した。  陽向は、慌てて両手で自分の口と鼻を抑えて息を止めた。 「息をしても大丈夫だ」 「私たちまで吸い込まない?」 「空気中に溶け込んで薄まっている」  陽向は、手を離してフーッと深呼吸した。 「毒ガスの成分って、何?」 「高濃度の二酸化炭素」 「二酸化炭素!? サリンとかだったらガスマスクが必要なのに、無防備だと思っていた」 「死体からそんなものが検出されたら、僕たちが疑われるだろ。あくまでも、自然死に見せかけるためだ」 「二酸化炭素って、空気中にもあるんでしょ? それで死ぬの?」 「濃度によっては、充分毒ガスと同じ効果がある。空気中の二酸化炭素は、濃度が0.04%程度しかない。それぐらいなら吸い込んでも影響はないが、僕が大学の研究室で作ったこの二酸化炭素は、濃度が10%以上ある。そこまで濃い二酸化炭素を吸った人間は、数分で死ぬ」 「そうなんだ。知らなかった」 「二酸化炭素は空気より重いので、窪んだ場所に流れ込み、風通しが悪いと滞留する性質がある。井戸の中や山の中で、人が亡くなった話を聞いたことがあるだろ。運悪く二酸化炭素が滞留していると頃に入ると、窒息で死ぬ。二酸化炭素は、目に見えなくて無臭なんで気づかないんだ。この場所は窪地で、二酸化炭素が滞留する条件にピッタリだから連れてきたんだ」  ここは地面が傾斜して、盆の窪のように引っ込んでいる。  早耶人は、予め見つけて置いた条件に合う場所まで、市留を連れてきて実行した。 「私たちまで、二酸化炭素で窒息しないでしょうね」  陽向は、怯えて周囲を見た。 「風が通っているからその心配はない。僕の計画は、いつだって完璧だ」 「良かった」  陽向は、早耶人の言葉に安心した。  市留の体を抱きかかえていた早耶人は、ポケットからスマートフォンを取り出し、録音中だった音声ファイルを削除して元に戻した。 「スマホを処分しないの?」 「こいつは事故死に見せかけるから、スマホがなかったら怪しまれる」  市留の体を地面に放った。意識がないから、体ごと地面に当たる。 「急いで引き上げるぞ」 「まだ脈があるけど、死ぬまで見届けないの?」 「放っておいても、あと数分で絶命する。息があるうちに、アリバイを作らないと」 「そうか。死亡推定時刻のアリバイがあれば、鉄壁だもんね」 「シナリオはこうだ。こいつは僕のストーカーで、僕に近づくためここに迷い込み、運悪く滞留した高濃度の二酸化炭素を吸い込んで死んでしまった。僕らはそのことを知らずに家にいたが、たまたま外に出て発見して通報した」 「素晴らしいわ」  陽向はパチパチと拍手した。 「警察に訊かれたら、うまく演じるんだぞ」 「任せて。この女は、たった一回キスしただけで先輩に執着して付きまとった性悪女って証言すれば、簡単に騙せるわね」 「また禍憑村に伝説が増えるな。ネット民はこう騒ぐだろう。『あの禍憑村で連続怪死事件! 増え続ける死体! 呪いは今でも続いているのだろうか!』とかね」 「やめてよ~。笑わせないで」  二人は愉快そうに笑った。  その時、暗闇から「ガサッ」と音がした。 「誰かいるのか!?」早耶人が叫んだ。  風が吹いて立木の枝葉が揺れてぶつかり合い、カサカサと音がした。 「何だ、風か」 「ねえ、誰かいるような気がしない?」 「そうか?」 「視線を感じる」 「うちの山に誰かが入ることはない。ああ、そうだ。お盆だし、今迄殺してきた奴らの亡霊でも、集まって出てきたのかな?」  早耶人は、お化けのように手を垂らし、レロレロと舌を出して陽向を驚かした。 「ヒュードロドロ……」 「ちょっと! 冗談でもやめてよ!」 「うらめしや~」 「キャー!」  陽向はその場から逃げ出した。その後を、早耶人がお化けのように脅かしてしばらく追い回した。 「さ、いつまでも遊んでいないでいくぞ!」 「何よ! 自分から始めたくせに!」  二人は、じゃれ合いながらその場から立ち去った。
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