犬との生活

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「バカな犬なんていない。バカな飼い主がいるだけだよ」 って言葉は、ケンちゃんの口癖だ。  2年ちょっとの刑務所生活から、一般社会に戻ってこれたのは喜ばしいことだけど、30代後半にもなったのに、この社会で何をしたらいいのか、何ができるのかわからなかった。こうやって、頭の中、グチャグチャ、グルグルしている生活していると、また元に戻ってしまいそうでやばいなって思ってた。 そんな時、10代後半から20代前半、いわゆる青春時代を一緒に過ごした友人が経営するブリーダーの会社で働くことが許された。橘健二、自分が現在働く会社の社長には大変感謝しています。 十数年振りにスマートフォン越しにではあるけれど、声を聴くことができて嬉しかった。そして、ずっと気になっていたことを聞いてみた。 「あの時の男はどうしたの?」 「はぁ」って、受話器の向こうで、ため息をつかれた気がした。 「行くとこねーの? 言っとくけど辛いよ、うち?」 そんな感じで、住み込みで働くことが許された。 特にやりたいこともなかったし、いつ消えてしまってもいい命なわけで。 だから、それなりに楽しく過ごせたあの時代を共有できたケンちゃんに、ふと連絡をとってみたいなって思っただけなんだけどね。 人が足りないみたいで、ラッキーでした。  大分県の田舎町、ほぼ山の中だけどね。ここで大型犬のブリーダーとして活躍しているケンちゃんの元、自分は、今、奴隷のごとく、四六時中といっていいほど働いています。 「犬はいいよ。大好きってストレートに伝えてくる。愛されてる、必要とされてるって心底わかるよ。毎朝、犬舎に行く度に、全身を使って『大好き』って表現してくれるから」 って、言うのは、この半年で聞いたケンちゃん、名言録の一つです。 確かにね。 誰かにちゃんと愛された覚えがないし、愛したこともない自分に対しても、真っすぐな目で見つめて、尻尾をブンブンと振って、迎えてくれる。 まぁ、もちろん、「朝ごはん、早く頂戴っ!」「汚しちゃった、早くこの部屋綺麗にして!」「散歩! 散歩!! 早く出せっ!」って、アピールが入っているわけだけど。 犬の飼育経験ゼロの自分は、後ろ足立ち、抱き着いてこられたら、ほぼ目線が変わらないぐらい大きいハスキー犬とか、心底、最初は怖かった。 怯えが伝わっていたと思うし、仕事の段取り、要領の悪さからちょっとバカにもされていた。他のスタッフの指示は聞いても、自分の言葉は完全無視されることもよくあって・・。 それがようやくね、この半年間、ほぼ休みなく接したおかげか、最近ようやく、仲間入りすることが許されたって感じ。 犬目線からも、共に働くスタッフの人目線からもね。 「犬が何を考えてるかわかります?」 スタッフのベトナム国籍の女性、ハインさんと交わした会話。 「ゴハン、アソンデ、イヤイヤ、ゴメンナサイ、わかるよ」 「うん、それ、自分も分かるようになった、気がする」 「よかった。えらい。がんばったね」 「ハインさんは、犬の、う~ん、もっと、こう、心の奥とかって分かりますか?」 自分の質問の仕方が悪かったのかも。首をかしげられてしまった。 「おなかいたいとか、びょうき、わからない。よくみて。まいにち、ちゃんとみて。ごはんたべない。あそばない。ちがうこと、おかしいところみつけないといけない」 ハインさんはスタッフの中でも、一番、犬たちに好かれているような気がする。広い庭に、犬舎から一部の好戦的な犬以外を放しての自由時間、ハインさんが見守り担当の場合には、みながよってたかって、わちゃわちゃとハインさんに付きまとう。 一見したら、犬に襲われているんじゃないかって感じだ。よく見れば、ハインさんは皆に舐められて、笑顔いっぱいだし、犬たちは我先に撫でて撫でてとアピール合戦しているわけだけど。 「ずっとハッピーじゃなきゃだめ。かなしくさせちゃだめ」 ハッピーとか照れちゃう言葉を使えるのは、外国の方だからかな。「犬」に対して向けた言葉だからかな? いやいや「ハッピー」なんて、使用経験がない言葉、スルーさせずに、自分の胸に響くようになったってことは、これって、自分が普通に、まともな人間になってきたってことかもしれない。 ハインさんらスタッフの皆が、犬たちが、30後半、社会不適応な自分にたくさんのことを教えてくれる。 「そうだよね、ハッピーに生きなきゃ駄目だよね」 ハインさんがうなづきながら笑顔をみせてくれる。 ここでの生活が始まってから、少しづづだけど、全身にまとわりついてた黒いモノが剝がれていって、ましな人間に近づいている気がする。 でもね、ちょっと心が傷むのだ。これまでの人生で、いっぱい誰かを傷つけてきたわけだから。傷つけられる前に撃て、みたいな感じ。先手必勝で傷つけて生きてきたからね。 やっぱり悪党は悪党らしく、いつ死んでもいいって感じでなきゃダメ。不幸をまとってなかったらダメって思ってた。 一般的な幸せな生活、自分、本当にできるのかな。幸せになってもいいのかな? みんなに怒られたりしないかな?
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