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十数年前の冬の日、真夜中。
自分とケンちゃんの足元に、男が倒れている。
ケンちゃんが、寝そべったまま動かない男の腹に、もう一度、蹴りを入れた。
「おーい、やりすぎ。もう動いてないよー」
まだ呼吸はしてるかな、と、鼻腔に手をあてようと身体を屈めた。
ケンちゃんの足が、自分の手を遮るように、倒れている男の頭を蹴り飛ばす。
「あーあ。死んじゃうよー」
って止めてみたけど、ケンちゃん、完全に目がいっちゃってる。初めにもらった男からのパンチ。これがヒットして鼻から大量に流血したもんだから、興奮状態に入ちゃったね。止められない。自分の声が届いていない。
「しーらない。まぁ、生きてる価値ないから、どーでもいいけど」
別に誰が死んだって社会はまわる。こいつがいなくなっても、ケンちゃんが消えても、自分が死んでも世界は変わらない。たぶん、自分なんていなくなっても、誰一人、困らない。自分も、たぶん、こいつも、どうでもいい命だよね。
ケンちゃんが落ち着くまでどれくらいかかったろうか。呼吸の乱れがおさまった頃に、口を開いた。
「どうする?」
それはこっちの台詞だと思って、笑ってしまった。
「んー? 放っとけばいいんじゃない」
「車もってくるからここに居ろ」
「はぁ?」
「病院に捨てに行く」
いや、もうこれは、病院の出番はないんじゃないかと言いたかったけど、最近読んだ漫画ブラックジャックのような医者がいるなら、大丈夫かも。
ケンちゃんの車に男を引きずり込んだ時、身体に触れたわけだけど、ダラ~ンとしてて全く力、入ってない感じ、完全に意識もない感じ。これはやっぱり誰であろうと、無理な気がした。
「全部、俺がやるから、大丈夫だから。お前は何も知らん、見てもない。やってないってことで、いいな?」
病院へと向かう車内において、こんな感じで、ケンちゃんから提案された。
まぁ、自分はちょっと、小突いたぐらいだからなぁ。あれだけで、やった言われても困るかな。うん、見ざる、言わざる、聞かざるは得意だから大丈夫。ずっと、「うるさい、しゃべるな、近寄るな、あっち行け」って言われて、育ったからね。安心していいよ、ケンちゃん。誰にも言わない。
こんな感じの会話を交わした後に、自分はケンちゃんの車から強引に降ろされてしまった、悲しい。病院に捨てに行くの、手伝うよって言ったのに。
1人でトボトボ、自分は2時間かけて夜道をアパートまで帰ったことを覚えてる。
この、ずっと昔の、あの夜の出来事は二人だけの秘密。
ニュースにもならなかった。自分の所に警察も来なかった。
ケンちゃんとは同い年だから、二人とも、25歳だった。この年限りで、北九州の街を離れたケンちゃんは実家の大分に戻っていった。7年間、チームを作って、一緒に盛り上がった大事な仲間。
振り返って懐かしむような、素晴らしい過去なんて自分にはないのだけれど、まぁ、あの頃は、バカみたいではあるけれど、楽しかったことには間違いはない。
ケンちゃんとは違って、自分は特に帰る場所なんてなかったから、その後もずっと、この街でグズグズ生きていったわけだけど。
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