こころまだら

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 そわそわ、うきうき、そわそわそわ。  そわそわ、うきうき、こころもよう。  こころまだら、そわそわそわ。  こころぼそいな、そわそわそわ。  みづはさんは落ち着かないのです。  新しいおうちは、庭が広くて、景色がずっと見渡せます。  今まで住んでいた都会の家は、マンションで、窓からは向かいのビルが見えるだけ。  でも、田舎暮らしをしたいというお父さんの車に乗せられて、何時間も走って着いた、おうちの周りには、川が流れ、桜並木の向こうに、山が見えます。 (友達できるかな。先生は優しいかな。ひとりぼっちになったらどうしよう)  明日は小学校の入学式。  ちょっぴりドキドキ。  でも、ワクワク。  だけど、そんな気持ちをわかってくれるお友達がいません。  幼稚園のお友達とは、みんな離れてしまいました。  今頃、みんなはどうしてるだろうと、空を見上げると、みづはさんは、顔に冷たいものが当たるのを感じました。  ちら、ちら、ちらと、空から落ちてきたのは、白い雪。  都会と違って、山の近くは、春でも寒いようです。  雪は、次から次へと降ってきて、お庭の石を濡らしました。 (寒いよ。前のおうちに帰りたいよ)  すると、そわそわ、そわそわと、見たことのない小さな蝶が、みづはさんのまわりを飛んでいます。  この辺に住んでいる蝶ではないのでしょうか?  まるで迷子のように、そわそわ、そわそわと、落ち着きのないようすで飛んでいます。  羽はオレンジとこげ茶のまだらもよう。  目は青い色です。 「あなたも、お引越ししてきたのかしら。どこから来たのかな」  みづはさんは、目が青いから、外国から来たのかなと思いました。  蝶は一匹だけです。  お友達はいないようです。 「あなたも、心細いのね。こちらへおいで。わたしとお友達になりましょう」  手を差し伸べると、蝶は、そわそわと飛んできて、手のひらに止まりました。 「ここが気に入ったのね。いいわ、一緒に暮らしましょう」  みづはさんがそういうと、蝶は嬉しそうに羽ばたいて、みづはさんの鼻の頭に止まりました。 「ねえ、お父さん。いいもの見せてあげる」  みづはさんは得意になって、蝶をお父さんに見せてあげました。 「おや、雪が降ってきたかと思ったら、降ってきたのは、春だったみたいだね」 「この蝶、春に飛ぶの?」 「蝶?あっははは。蝶じゃないよ」  といって、お父さんは、みづはさんの鼻の頭についていたものをつまみました。 「あっ、だめだよぉ。かわいそう」 「ごらん、みづはの鼻についていたのは、これだよ」  と、見せてくれたのは、一枚の桜の花びらでした。 「あれえ?蝶は?」 「蝶?見間違えたんじゃないの」 「そんなことないよ。オレンジとこげ茶の、まだらもようの蝶がいたんだよ」  というと、お父さんは、はっとして、みづはさんをぎゅっと抱き寄せました。 「みづはは、前のおうちに帰りたいかい?」 「うん」 「ごめんな。父さんのわがままで。でも、みづはには、空気のいいところで、のびのびと育ってほしかったんだ」  みづはさんの目の前には、そわそわ、そわそわと、蝶が飛んでいます。  後ろを向いているので、お父さんからは見えません。 「みづはは、ウスイロヒョウモンモドキを見たんだなあ。その蝶はね、心細さに寄り添ってくれる蝶だって、言われているんだよ。だから、大丈夫。その蝶が見えたのなら、みづはは一人じゃないよ」  いつの間にか、雪は止んでいました。 「わあ、きれいな桜」  次の日。桜並木の下を、そわそわと歩いていく女の子が一人。  不安そうに、でも、うきうきとして。  真新しいランドセルの上に、ひらひらと桜の花びらが舞い降ります。  そばには、そわそわ、そわそわと、オレンジとこげ茶のまだらもようの、蝶が寄り添っていました。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加