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序 章
冷めたオムライスにラップをかけたら、ケチャップで描いたハートがつぶれてしまった。
「おかえり、お父さん」
「莉央、ただいま。いやぁ今日は外で夕飯食べてきちゃってごめんなー」
「ううん! 急なお仕事じゃしょうがないもん。お父さん、あのね……」
「悪い。お父さんくたくたに疲れたよ。話はまた明日でいいか?」
「あ、うん。もちろん! そうだ、お風呂沸かしてあるよー」
「ありがとう。お前はほんとうにいい子だな」
「そりゃあ、お父さんの子どもですから!」
「はは。嬉しいことを言ってくれるね。それじゃお父さんは風呂に入って寝るとするよ。莉央も勉強はそこそこで切りあげなさい」
ほろ酔いのお父さんが鼻歌まじりにお風呂場に吸いこまれて、閉まったドアの向こうからシャワー音が聞こえはじめる。
裸足のままスニーカーを履いたら、つま先がちょっぴり怖気づいて縮こまった。
靴底にたまった砂が足の裏にまとわりつく。
シャワーの水音が降りしきる雨のように聞こえる。
玄関の隙間から入りこんだ夜風が、ふわりとわたしの背中を押した。
やさしい風がささやく――ふかく息を吸うんだよ、莉央。
すう、と深呼吸をすると夏が終わる季節特有の匂いが肺に満ちる。
「いってきまーす」
小声で、わたしはそうっと家出をした。
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