序 章

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 小学生六年生の、九月。  家出なんて今まで計画するどころか考えたこともなかったのに、自分で自分が信じられない。  家出を思い立った理由は、今夜とつぜんお父さんとわたしを結んでいた糸がぷつんと切れたから。そんな感じだ。  お母さんはわたしが五つのときに事故で死んでしまって、父娘ふたりで暮らしてもう七年。  周りからは、やさしいお父さんだねとしょっちゅう言われる。いつもにこにこして誰にでも挨拶をするし、町内会のお手伝いにも参加するし、会社でも課長として頼られているみたい。欠点といえば最近お腹がぽっこり出てきたことくらいの、とってもやさしい自慢のお父さん……なんだけど、お父さんと暮らす家は、最近ちょっとだけ酸素が薄い。  踏んづけていたスニーカーのかかとをきゅっと伸ばし、道の隅っこを歩く。  夜十時を過ぎた商店街はひっそりと静まり返り、ひとっこひとり歩いていない。この一本道を抜けたら十分も歩かないうちに駅に到着するから、終点まで行ける切符を買おう。  あとのことは、あとで考える。大丈夫。スマホはしっかり充電してあるし、貯金箱のお金も持ってきたし、きっとなんとかなる。 『お知らせ  誠に勝手ながら八月末をもちまして閉店いたしました。長らくご愛顧いただきまして、ありがとうございました。』  ずらりと並ぶシャッターの前で、わたしの足はひとりでに止まった。  ここ、昔お母さんと一緒によく来ていた本屋さん。なくなっちゃったんだ。  ぎぎ……と金属がきしむ音がして貼り紙がぺらりとめくれ、お店のシャッターが微かにあがる。そこから顔を覗かせた見知らぬお爺さんと、わたしはばっちり目が合った。 「お嬢さん、こんな時間に迷子かい。それとも家出かな」  すばり言い当てられて、思わずごくりと息をのむ。しかしお爺さんは質問をしたのではなく、ただの独り言だったみたいで、わたしが答えるのを待ったりはしなかった。 「夜道は危ないよ。お入り」 「いえ、あの」  芋虫のように背中を丸め、お爺さんはお店のドアを開ける。  これから駅に行くので大丈夫です――と断ろうとしたとき、明かりの灯った店内にお母さんの姿があった。  ごしごしと目をこすったら、そこには誰もいない。
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