序 章

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 オシマイノクスシハナ。  呪文みたいな不思議な言葉が印象的で、わたしが唯一はっきりと覚えているお母さんのお話。  ――「世界のどこかにある巨大なお花でね、咲くところを見られたなら一族みんなが幸せになるそうだけれど、そのお花は写真も、絵も、なんにもないの」 「じゃあウソのはなしなんだね」 「ふふ。曾お祖父ちゃんはそのウソみたいなお花を探すために冒険に出たのよ。そして今も出たっきり……」――  もちろん、これは作り話。  こんな風にお母さんが語る物語はわたしのためだけに作られた物語で、それはどんな本よりも面白く、まるで自分が物語の登場人物になった気分になってわくわくした。  小さい頃は、いつかきっと自分も曾お祖父さんのように冒険にゆくのだと疑わなかったな。  仕事人間だった曾お祖父ちゃんが海外出張先で帰らぬ人となったのは事実で、わたしのお祖父ちゃんがまだ曾お祖母ちゃんのお腹にいるときだったから、曾お祖父ちゃんはたったの二十代で亡くなったそうだ。お母さんと同じだ。  お母さんの写真や映像はスマホにも入っているのに、もう記憶と上手く一致しなくて、顔を思い出そうとしても画像を切り貼りしたコラージュ絵画みたいになってしまう。どんな風に笑う人だっけ。 「ここが本屋さんだった頃、お母さんとよく来ていました」  懐かしさを押しこめて椅子から立ちあがると、骨董さんが「常連さんだったんだねぇ」と言った。 「お母さんが店長さんと親しかったんです。でも、お母さんが死んじゃってからは来られなくなって」  どうせ骨董さんはここが書店だった頃を知らないのだから、てきとうに「そうなんですぅ」とか答えておけばよかったのに、お店が閉店してしまったのは常連客だったくせにぱったり通わなくなったわたしにも責任がある気がして、つい言葉が出てしまった。  これじゃ、まるで弁明だ。 「おや、お父さんは連れてきてくれなかったのかい?」 「ああ、いえ。わたしが学校と家のことで忙しくなっちゃったから。お父さんはやさしいんですけど」とまたしても言い訳がましくなる。 「……仕事がすごく忙しい人だから、わがままを言って負担をかけたくなくて」  毎日残業。たまに休日出勤。お休みの日も、会社から電話がかかってきたりする。 「今月末の山をこえたら一段落するよ」はお父さんの口癖だ。でも何ヶ月経ってもその山からおりられないので、もうとっくに遭難しているみたい。 「さみしくないのかい?」 「全然。お父さんがお母さんのぶんまで頑張ってくれているから、わたしも子どもなりに頑張らなくちゃ。二人三脚ってやつですよ!」  わたしはにっこりと笑ってみせた。  こういう健気な発言は、おとなに受けがいいというのを経験上知っている。  まあ、今のは半分本音で半分嘘だ。100パーセント本音なら家出なんて実行するわけがない。 「いやはや、君はほんとうに……」  骨董さんはなにか言いかけたけど、最後まで言わなかった。
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