天地

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天地

ある晴れた日のこと そこは六畳一間のアパートで、 ほどよく陽の光が入る角部屋だった 少し開いた窓から 自転車が呼び鈴を鳴らす音が聞こえてくる その様子を伺おうと、キーボードを叩く手を止めた、その時だった 背中に張り付く大いなる闇に、 身体が強張る ここには自分ひとりしかいない それなのに 玄関の扉の方に気配を感じる ここには誰も入れるはずがない 絶対に入れるはずがない 恐る恐る後ろを振り返ると、 見知らぬ男が立っていた 男は黒い丸縁のサングラスをしていた 身体に沿った黒い服を全身にまとい、 腕を組んでこちらを見下ろしている 尻もちをついたまま、 しばらく動くことが出来ずにいた その内、チカ、チカと視界を遮られたような 感じがして、瞬きをした 男が腰を下ろして自分の顔の前で掌を振り、 反応を確認しているのだと ようやく気がつく 床に座りながら、少しずつ、後ずさる 「あなたは……」 男は表情一つ変えず、 サングラス越しにこちらの様子を 伺っていた 「誰なんです」 返事がない 「どうやってここに…」 「すり抜けて」 男は玄関の扉を指差し、答えた 「えぇ、見てました。そうではなくて」 一つ息をして、辺りを見回した 男の他に、人の気配はない 「ここは結界を張っています。他の人は、入れないようになっています」 「入れた」 「そのようですね」 男は床に片膝を付きながら、 ゆっくりと近寄ってくる 一歩近づかれるごとに、一歩後ずさる いよいよ壁まで追い詰められた時、 男は身体を前に傾け、口を開いた 「”平気”、なんだな」 「何がです」 男は俯き、何か思いを巡らせているかのように 瞳を左右に動かした そして先程よりも身体を傾け、 顔を近づけてきた 思わず、目を瞑る 額に、何かが当てられた 恐る恐る目を開けると、 ”本日特売日!”の文字が飛び込んできた ”水道管の故障はこちらまで” ”お掃除のことなら!” ”不用品、高価買取” 「外の箱に入っていた」 丸められた紙の束は男の手からこぼれ落ち、 膝の上に散らばった 男はゆっくりと立ち上がると、 玄関の扉を通り抜けて立ち去っていった 「なんだったんでしょう……」 終わり
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