魔法使い、始めました!

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あわよくばどなたか仲間に誘ってくれないかと、ちょっぴり店内を見渡してみました。どなたも強そうな方たちばかりで、私のような駆け出しで、一人で来ている方はいないように思えました。皆さんどうやって仲間を見つけているのでしょうか、心細くなって、お腹をさすりながら俯いてしまいます……。ですがその時でした。 私の座るカウンターの前に、コトリと何かを置く音が聞こえました。その音に顔を上げると、新たになみなみ注がれたミルクのジョッキが置かれていました。 私は目を丸くして店員さんを見ると、少し離れた場所を指さしました。その先にいたのは私より少し年上でしょうか、男性の方が一人でカウンターに座っていました。その男性は私に向けて軽く手を振っていました。 「あの客から」 店員さんはぶっきらぼうにそう言いました。 私は驚きのあまり何も言えずにいると、その男性は席を立ち、私の隣に座り直しました。 「こんにちは」 爽やかな笑顔で挨拶をされました。 何も言えずにいると、男性は満足したように頷きました。 「一度こういうのやってみたかったんだよね」 こういうのというのは、私の目の前に置かれたミルクのジョッキのことでしょうか。 「君、一人?」 気にした様子もなく、男性は問いかけてきました。私は相変わらず驚いていて、何も言えませんでした。 「丁度良かった、僕も一人なんだよね」 何が丁度良かったのでしょうか、その疑問に答えるように男性は一人で話を続けました。 「実は今日から冒険者なんだ。だから仲間を探すためこの店に、ね」 そう言い終わると同時に飛んできたウインクを反射的にかわしてしまいます。男性は気にした様子もなく懐からカードを取り出し、私に見せてきたのです。 「僕の職業は勇者、いずれ魔王を倒す者の職業さ」 見せられたカードは冒険者の証、この国で発行されたものです。当然私もお師匠様からもらったばかりなので、これが偽物ではないことは確かでした。そして職業欄に『勇者』と書かれていることも、見間違いではありませんでした。 「冒険者の君なら当然知っているよね?人類に害をなす魔物、そしてその頂点に君臨する魔王。僕たち冒険者は魔物討伐を生業とする言わば義勇兵、その究極の目的は……魔王討伐」 ここで男性は迫真めいた表情を見せます。 「そして魔王を討伐できる唯一の職業……それが勇者さ」 男性の言葉に嘘はありませんでした。魔物討伐のために私たちの職業が存在して、そして勇者の職業の方のみがその親玉である魔王を討伐できるとされています。冒険者ならば誰もが知っている常識です。それに、勇者という職業は各時代にたった一人、その一人が私の目の前にいたのでした。 そして男性は言いました、 「さぁ、僕を勇者様と呼ぶんだ!」 と。さらに男性は勢いよく立ち上がります。 「そして僕の仲間になって、共に世界の平和を取り戻そうじゃないか!」 男性の大きな声に、他のお客さんの視線を集めます。ですが男性は気にした様子もなく、キラキラした瞳と笑顔で私を見つめるのでした。 これが事の発端、私が職業勇者の男性に誘われた理由になります。
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