呼ぶ

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呼ぶ

「母さんを呼んできてくれないか? 大事な話がある」  父のその言葉を聞いたとき、いよいよかと私は覚悟した。テーブルについている妹たちも同じだろう。父は母に不満があったし、母は父に不満があった。ずっとずっと不満があると昔から聞いていた。その不満が何なのか私たちは今まで知ることはなかった。ただ、姉妹の中で両親はいつか、その不満が原因で離婚するかも知れないと思っていた。  私が最初に聞いたのは妹が生まれたとき。産んだばかりの妹を眺めながら、父が退席した病室でポツリと口にした。 「幸せだけど、一つ不満があるのよねぇ」  父の口から聞いたのは下の妹が生まれたとき。下の妹を抱っこして私と一緒に散歩しているときだ。 「幸せだけど、一つ不満なんだよねぇ」 「お父さんの不満って何?」 「大したことじゃないよ」  その不満が何であるか私たちは何も知らない。  私が結婚したときも、妹たちが結婚したときも同じだった。私が両親の初孫を生んだときもそうだった。  家族揃って私の娘を見る時間を実家で設けたその夜。  父の言葉にもしや離婚かと思ったのだ。  上の妹が母を呼んできて母は父の前に座る。 「お父さん、私もお話があります。ずっと不満があったんです」 「そうか。母さんもか。俺もずっと不満があった。ただもういいだろうと打ち明けるよ」  幸せだと言いながら不満があると言う二人。私たち姉妹とその旦那が見守る中、二人は同時に口を開いた。 「これからは名前で呼んでくれないか」 「これからは名前で呼んでいただけませんか」  私たちの時間が止まる。 「富子、もちろんだよ」 「士郎さん、おんなじことを考えていましたね」  私たち姉妹は大きく息を吐いた。 「不満ってそれ? 何だよ! ラブラブじゃん! 私たち、どんだけ不安に思ってたと思うの!?」 「何を言ってる? お父さんとお母さんは幸せだけど、ってちゃんと言っていただろ?」  シレッと告げる父にも、クスクスと笑う母にも腹が立つがまあいい。  残りの人生、二人の時間を大切にしなよ。どうせ、イチャイチャして過ごすんでしょ? 子育ても終わって孫の面倒見るときにおじいちゃんおばあちゃんってパートナーに呼ばれたくないんだよね。  これからもずっとお幸せに。  士郎さん。富子さん。 了
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