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十九 祈り
ひとりになった優果は、夜が遅くても湯船に浸かり、具体的な転職準備や簡単な自炊を日々続ける。眠る前に少し小説を読んで、睡眠薬を飲む。朝、起きたら、窓をあけて風を呼び込めば、優果の中にもいい風が通り抜ける。
透のことを報告した日の夜、志生はわざわざ優果のもとを訪れた。志生の、喜びと切なさが入り混じったような複雑な表情を見て、優果は思い出したように泣いた。
「志生、来てくれてありがとう」
「泣かせに来たみたいで申し訳ない気分だ」
「ううん、泣いたほうが、さびしさを受け容れられるから」
音沙汰なく一月が過ぎ去り、二月一日を迎える。優果のもとに、透の目覚めを知らせる一通の連絡が入った。
遅くなったお昼休みに、渉からのメールを見た優果は飛び上がった。透が目を覚ましたこと、検査入院すること、四日に透が優果の家を訪れる予定であることが記されている。渉の文面は、透の目覚めの喜びを隠しておらず、優果の喜びはさらに大きく膨れ上がった。メールはすぐに志生へと転送された。
その日の夜に顔を合わせることができなかった二人は、電話口でひとしきり喜んだ後、言葉を詰まらせた。嬉しいと思う一方で、その感情は透のことを第一に考えていないと感じていることを、志生は途切れ途切れに語った。優果も同感だった。
それでもなお、生きていてほしいと祈りながら、今度こそ見失わないで会いにいきたいと優果は思う。大学生のとき、突然姿を消した透と志生を諦められず、一途に会いたいと伝え続けたときのような熱が、優果の心の奥底に残っている。
現状できることがない優果と志生は、立春の祝いの準備をするため三日に集まった。ちょうど節分だったので、志生は豆を持ってきた。「健やかであること、豊かであることを祈りながら豆を食べるんだ」と志生が食べさせた大豆は、優果の口の中にもんやりと広がり、美味ではなかった。
「福を呼ぶ豆と言われても、あまりたくさん食べたくないよ……」
「うん、だよね。まして年の数だけ食べるのは厳しいね」
志生と優果はキッチンに立った。大豆とじゃこ、片栗粉が混ぜ合わせられる。フライパンで強めに熱されたのち、しょうゆ、砂糖、みりんが加わる。こげないように炒められたら、大豆とじゃこの甘辛炒めが完成した。とっつきにくかった大豆は、箸が止まらないおかずに変身したのである。
「これならたくさん食べたい」と優果は出来立てを味見しながら言った。
「でしょ。そのまま食べる慣習もあるけど、アレンジするのもありだよね」
かぼちゃの煮つけ、栗きんとん、ほうれん草のおひたし、大豆とじゃこの甘辛炒め……優果はおいしかったものを挙げていく。
立春の献立はどうしようかねえと志生は悩んでいる。
「あっちではどうしていたの」
「んー立春の朝に搾られた日本酒を飲んでいたかな」
「ごはんは?」
「ふきのとうの天ぷらとか」
「高そう」
「うん、準備できなかった。すまない」
旬のものを調べようよ、と便利な時代にあやかって、二人はネット検索する。
「あ、きぬさや混ぜごはんがおいしそうかも」
「じゃそれにしよう」
「すごい即決」
油あげだけじゃなく高野豆腐もいれようとか、透の身体がびっくりしないものがいいとか、二人は熱心に話し合った。
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