剣とチェンバロ

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 地下牢から戻ったジェイラスは、出口で待っていたウェスリーとグレンに険しい顔を向けた。 「おれのことが分かったようだ。なぜ、自分がここにいるかと聞いてきた」 「正気に戻られた……?」 「いや。その後はまた、何も言わなくなった。ただ、乱暴をはたらく感じではない」 「地下牢からお出ししても、大丈夫でしょうか」  ジェイラスは顎鬚をさすった。「兄上には悪いが……まだ、だと思う」  彼がちらりとグレンを見た。「義姉(あね)上を見舞ったら、これからのことをウェスリーと話し合いたい。グレンに頼みがある。グレンと近衛兵何人かで、城下を見回ってきてくれぬか。不審な様子がないか」 「御意」  去って行くジェイラスとウェスリーの後姿に、グレンの心がまたざわついた。  バージルがたおやかな風なら、ジェイラスは燃える火だ。  五年前、先代の領主は死の床でおおいに悩んだだろう。二人のどちらに領主の座を譲るべきか、を。  結局、長男が継ぐ慣習に従い、バージルがその命を受けた。  その頃はまだ、トラモアも静かだった。だが去年、トラモアでやはり王が亡くなり、若く血気盛んな新王に変わると、バージルの領地はしばしば「ちょっかい」を出されるようになった。  人が変わり、時代が変わるのか。時代が、人を変えるのか。グレンには分からない。 「ただ」グレンは呟く。「悪くなっていることは、確かだ」  いつもならこの時間、バージルの弾くリュートが城をめぐる。  今は聞こえない心安らかな音を、グレンは頭の中で奏でた。
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