剣とチェンバロ

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 大きく肩で息をついたグレンに、バージルは続けた。 「私は、ジェイラスに領主の座を譲ろうと考えた。戦となったら、私よりジェイラスが国を守ってくれる。……だが、譲っただけでは駄目だ。私は、死ななければならない。なぜかは、分かるな?」  グレンは唇を噛んだ。「人質」 「そう。戦になれば、トラモアは『一番捕まえやすい』私を狙うだろう。そして、莫大な身代金、つまり領地の譲渡を要求するだろう。トラモアのような小国が領地を広げるために使う、常套手段だ。だから、私は消える」  礼拝堂でのジェイラスが、グレンの頭に浮かんだ。  ジェイラスは最後まで泣いた。今日限りで、二度と会うことのない兄の為に。 「あのような狼藉を装う必要は、なかったのでは」 「トラモアへの牽制、当てつけ、だよ。明日には司祭が『領主は悪魔憑きだった』と声明を出す。トラモアよ、お前が欲しがっている地は呪われているぞ、とね。それに、私は君たちを置いて逃げるようなものだ。それくらいの汚名が丁度いい」  グレンは、首を振った。「領主様、お戻りを。私が、私たちがお護りします。その為の私たちです」  バージルも首を振った。 「もう、決めたことなのだよ」  うつむいて押し黙ったグレンの心を、バージルが読み取った。 「君は忠義を尽くす男だ。この計画を知ったら、加担してもしなくても、君はうんと苦しんだだろう。だから黙っていた。すまない」  セアラがローブの下でふふっと笑った。 「本当は駄目だったのに、昨夜、うっかりあなたの名前を呼んでしまって。普段何かあったら、真っ先にあなたを呼ぼうと決めていたから、つい」 「近衛隊長グレン。城を。ジェイラスを護ってくれ」  言葉と同時に涙がひとすじ、グレンから伝い落ちた。「御意」 「ジェイラスは交渉が上手い。何とか戦を避けてくれるだろう。戦で突かれた槍は、兵士を、その家族を、そこに暮らす民すべてを、苦しみで貫く。私は思う。戦に明け暮れる王は、地上の虚しい王国を手に入れる代わりに、魂は永遠の地獄を彷徨うのだと」  グレンは顔を上げた。「これから、どちらへ?」 「遠くだ。うんと遠くの、小さな屋敷。古いチェンバロがあるんだよ。練習してみようかな」 「馬を取り替えましょう。その荷役馬は、速くはない」 「ありがとう。グレン」
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