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彼女を追って来た人影が、ずる、ずる、とよろけた足取りで近づいて来る。右手にだらりとぶら下がるのは、寝室に掛けられていた装飾兼護身用の小さな斧。松明の灯りに、白く濁った眼が浮かんだ。
若き領主バージル・レイドが叫んだ。「どこへ逃げた! 殺してやる」
グレンは息を呑んだ。
バージルに、いつもの春風のような温かい表情はかけらもない。息を荒く吐き、ひきつったように口元を歪め、グレンへ近づいて来る。
さすがのグレンも、うろたえた。領主様を斬るわけにはいかない。バージルの歩に合わせ、彼も一歩一歩後退する。「領主様、どうされたのです」
バージルは答えず、さらににじり寄る。
その時、廊下の奥から、禿げ上がった小太りの男が足音を忍ばせ現れた。
宰相のウェスリー。
グレンにそっと目配せをする。グレンも小さく頷いて応えた。
大きく息をひとつ吸い、ウェスリーはバージルの両脇からガッと肩を羽交い絞めにした。「領主様、お許しを」
バージルの手から斧が滑り落ちる。それをグレンが蹴飛ばした。
「ウェスリー様を手伝え!」
駆けつけた近衛兵が、ばらばらっと走り寄る。押さえ込まれたバージルの怒鳴り声が、廊下に響き渡った。「放せ、放せ放せ!」
「……いかように」
グレンの問いに、ウェスリーが暴れ回る領主を見下ろした。
「……いたしかたない。地下牢へ」
近衛兵に四肢を抱えられ、なおもバージルは喚き散らす。「殺す、殺す」
セアラの細い手が、横を通り過ぎていくバージルに伸びる。が、それをゆっくり引っ込めた。その両手は顔を覆い、指の間から嗚咽が漏れ始めた。
「……彼が……起き上る気配がして……わたくしも目を覚まし……彼は斧を手に……なぜ……」
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