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グレンはいったん中庭に出て、それから正門へと向かった。胸がまだ、ざわざわとする。
バージルは寛大で飾り気なく、領民からの敬慕も厚い。だが、もし戦が始まったらどうか。彼が大将として指揮を執り、敵に怒号をあげる姿はおそらく誰も想像できない。
優しすぎる。
バージル自身、一度言葉にしたことがある。「トラモアと戦になったら、ここに座っているのは私ではないな」
どこかの誰かも、そう考えたのだとしたら。
その誰かが、彼をその座から追いやろうと策略を巡らせ、その挙句、呪いをかけたのだとしたら。
例えば、ジェイラス様。
自分の頭に浮かんだその恐れ多い考えに、グレンはぶるっと身震いした。その考えを頭の隅に押し込むと、上がったままの跳ね橋の横に建つ、門塔に向かって叫んだ。
「門番! アール!」
塔の窓から、松明と顔が覗いた。「グレン様?」
「昨日の人の出入りを教えてくれ」
「ええと、食料の配達の荷車と……、直轄農場の世話役が来ました」
「世話役は何をしに?」
「昨日、狼に子豚がさらわれた、柵を高くするか、その分の補償が欲しいと。荷役馬もやられたそうで」
「狼が馬を?」
「……狼じゃなくて、熊かもしれません」
グレンは髭の伸びかけた顎をさすった。パン屋の店主と世話役には、領主様に何かを仕掛ける理由も機会も、なさそうだ。「他には」
「あと、領主様と奥方様が、そこの川原で釣りを。あまり帰って来ないので、ウェスリー様が呼びに行かれました。昨日はこれで全部です。……何かあったのですか」
「追って沙汰がある。今から近衛兵が二人、ここから出て行く。昼には戻って来るだろう。そのあとジェイラス様が来られる。それ以外の人間は、誰も出入りさせるな」
「……分かりました」
腑に落ちない顔でアールが引っ込んだ。
詰所に戻ったグレンは、眠らず朝を迎えた。
一度、叫び声を聞いた気がした。もちろん、地下牢の声がここまで聞こえるはずはない。
近衛隊長という役目柄、大抵のことには物怖じしない自信があったが、今、地下牢に足を運ぶのは勇気がいった。
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