剣とチェンバロ

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「ウェスリー様が尖塔への梯子を上っていました……私も後に続きました」 「部屋に入った瞬間、むっとした臭いが鼻をつきました。血の臭い」 「床にも壁にも、血が」 「血だまりに、横たわる奥方様の白い手が見えました。真っ白で。これ以上ないほど真っ白で。お亡くなりになったのだ、と分かる手でした。窓が開いていました」 「私は、司祭に知らせてから、棺桶屋へ急ぐよう言われました」 「棺桶屋が着いた後、私たちは居館で待つよう言われました。このような惨い有様を多くの目に触れさせたくない、とジェイラス様がおっしゃって。お二人の亡骸は、ウェスリー様、ジェイラス様、司祭で棺に納めました」 「再び呼ばれたとき、尖塔の下には棺がふたつ並んでいました」 「不思議でした。あの中に、お二人が、横たわって、いる、のか、と……」  ネイトの言葉は、そこで途切れた。 「……祈ろう、ネイト。お二人の魂に」  礼拝堂へ向かうネイトの、力ない足音が遠ざかっていく。  グレンも立ち上がった。深呼吸し、ゆっくりと礼拝堂を目指す。  彼は眼下に広がる城下町を見た。それから、その先の荒野へ、さらに遠くの山脈へ目を移した。月が青く明るく照らしている。  ――月明かりで、進めましょう。  彼は、はっと満月を振り仰いだ。考え込むように口元に当てた指先が、ぱたぱたと動いた。  そうだ。それをするのは、今夜でなければならなかったのだ。  もう一人、いるではないか。  領主様を、その座から降ろしたかった者が。    グレンは門へと歩を速めた。 「門番! あの事が起きた後の、人の出入りは」  小窓から顔が覗いた。「ネイト様と棺桶屋です」 「棺桶屋の荷車には、幌が?」 「はい」 「中を(あらた)めたか?」 「こんな時ですが……きまりなので、検めました」 「出て行ったときも見たか?」 「出て行くものについては、特に言われなければ見ません」 「やはり」  怪訝そうな門番を残して、グレンの足は厩舎へと向かう。  おそらく幌に隠れて、出て行ったはずだ。  今ならまだ、追いつける。
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