目隠しの正義

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目隠しの正義

 それは、私がまだ小学生の頃の話。  当時はまだ、家にパソコンがない家もちょこちょこあった頃だ。だから、教室でこういう光景は珍しくなかった。 「えっと、誰か長村(おさむら)さんのところにプリント届けてくれる人はいますかー?」  私のクラスには、不登校になってしまった女の子がいた。長村瑛梨香(おさむらえりか)。もう一カ月以上学校に来ていない。当然、学校からのお知らせとか、宿題の連絡とか、そういうものは溜まっていく一方である。プリントなどを渡すためには、郵送か、あるいは誰かが彼女の家に渡しに行くしかなかったのだった。なお、当時はまだ個人情報云々というのが緩くて、連絡網でクラスメート全員の電話番号と一緒に住所が書かれた紙が普通に頒布された時代である。  だから、長村瑛梨香の家の場所はみんなが大体知っていた。  それでも先生の提案に、手を挙げる人は誰もいなかったのである――ただ一人、私を除いては。 「……私、行きます」 「あ、ありがとう藤田さん。いつも悪いわね」 「いえ」  他の誰もやらないので、彼女の家にプリントを届けるのは私の仕事なのだった。わかっていても、先生としてはなるべく他の子にも行かせたいらしく、こうして毎回募集をするのである。で、結局誰もやりますと言わないので、私が担当することになるというのがいつもの流れだった。  ほっとしたのと、残念そうなのと、両方が入り混じった顔で先生は私に彼女の分のプリントを渡した。それを私がランドセルにしまっていると、隣の席に座っている友達の明乃(あきの)の渋い顔と目が合うことになる。 「手なんか挙げなきゃいいのに。何で(かすみ)がいつも行かないといけないわけ?」 「……そういうわけにもいかないよ」  彼女が何を苦々しく思っているのかはわかっている。それでも私は、首を横に振って告げるのだった。 「これは、私にしかできない仕事なんだから」  そして。  私が、やらなければならない仕事でもある。
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