目隠しの正義

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 ***  プリントを届ける時は、なるべくインターホンを押して直接家の人に手渡すことにしている。大事なお知らせもあるし、万が一ポストに入れて事故が起きても困るからだ。  瑛梨香のお母さんは専業主婦なので、学校帰りに立ち寄ると大抵は在宅している。チャイムを鳴らすとすぐに出てきて、いつもぺこぺこと恐縮そうに頭を下げるのだった。 「いつもありがとうね、霞ちゃん。ごめんなさいね、霞ちゃんの家は学校から反対方向なのに」 「いえ、大丈夫です。うち、学校のすぐ近くだから大した距離じゃないし」 「そう?」  ちらり、と家の方を見る。今まで瑛梨香のお母さんと交わした会話から、彼女の部屋が二階であるということまでは知っていた。まだ一度も、中に上げてもらったことはない。この家に遊びに来た、ということが一度もないからだ。 「今日も、長村さん……瑛梨香さんはお部屋ですか?」  私が尋ねると、そうなのよ、と瑛梨香のお母さんは苦笑した。 「お風呂の時は降りてくるんだけど……ご飯もね、なかなか一緒に食べてくれなくて。もう一カ月にもなるのに、どうして学校に行きたくなくなっちゃったのかも、私は全然教えてもらってないの」 「そう、ですか」 「霞ちゃんみたいに心配してくれるお友達もいて、それだけが救いだわ。いつも、本当にありがとうね。今度、娘にも顔を出すように言うから」 「……はい」  自分はそんなんじゃない。彼女と、仲良しなわけでもなんでもない。そして、恐らく瑛梨香は誰よりも私の顔を見たくないだろうとも思っていた。 ――ごめんなさい。  それとなく私から真実を聞きたがっているであろうおばさんを誤魔化し続けるのは、正直しんどい。私だって、楽しくて此処に来ているわけではないのだ。  でも、私以外にプリントを届けてくれるクラスメートはいない。何より、このような状況になった最大の原因は私にあるのだから、私がなんとかするしかないのだ。 「また、来ますから」  この様子だと、本当に瑛梨香のお母さんは何も知らないのだろう。――かつて彼女が、いじめと呼ばれる行為をする“加害者”だったなんてことは。
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