目隠しの正義

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 彼女のランドセルに入っているお弁当に、たっぷりのタバスコをプレゼントしてやる、とか。  彼女が持ってきた筆箱の中の鉛筆を、こっそり全部クレヨンと交換してやる、とか。  クラスの男子と女子がそんな“仕返し”を実行し、慌てふためく長村瑛梨香を見て大笑いする。そういうことが、何度も何度も繰り返されたのである。今でいうところの“ざまぁ系”というやつだ。いじめの加害者に正義の鉄槌を下していると信じている彼等は、さぞかし気持ちが良かったことだろう。  だが。 ――これ、なんか、おかしくない……!?  確かに、自分はいじめられていると感じていたし、傷ついていた。ちょっとした仕返しをしてくれたらすっきるするだろうと思って、掲示板での盛り上がりを放置していたのも事実だ。  だが、いくらなんでもこれはやりすぎというものである。彼等は気づいていないのか。自分達がやっていることが仕返しの領域を超えていること。むしろ――私が受けたよりも遥かに酷い“いじめ”を正義の名の元に行っているということを。  そして、瑛梨香は学校に来なくなった。己がみんなの人気者であると信じていた彼女にとっては、本当は皆に疎まれていたという事実そのものが耐えがたいことであったのだろう。  彼女が教室からいなくなって、クラスは平和になったと多くの仲間が信じている。だから、プリントを届けに行く時に立候補しない。誰も彼女を気遣わない。それが、当然の報いであるがゆえに。 「ねえ、もうやめない?」  ある日。私がまた先生からプリントを受け取ると、見かねたように明乃が声をかけてきたのだった。 「何で霞があいつを気遣わなくちゃいけないの。悪いのはあいつじゃん。自業自得じゃん。霞が手を挙げなかったら、クラスがしーんとなってざまあみろってかんじなのにさ」 「明乃……」 「あいつには本当の友達なんか誰もいないんだって、思い知らせてやれるでしょ!あいつ、あんたがプリントを届けに行くのを続けたら絶対調子に乗るよ、自分にはまだ友達がいたんだーみたいなの。あいつこそぼっちだって、誰も味方なんかいないんだってちゃんと思い知って反省するべきなんだから。甘やかしたら駄目でしょ」 「……言いたいことはわかるよ、でもさ」  明乃が私のために怒ってくれている、のはわかっている。でも私は承服するわけにはいかなかったのだ。だって。 「もう、充分すぎるほど……長村さんは報いを受けたと思うよ」  報い。なんて身勝手で傲慢な物言いだろう、と自分で言っていても思ったけれど。 「それに。……私やっぱり、こういうの嫌だな」 「こういうのって」 「いじめに、正義も悪もないんだよ。いじめをやった時点で、そっちが悪になっちゃうと私は思う。……いじめを、いじめでやり返すのが本当に正しいことなの?」  本当に恐ろしいのは、悪ではない。  己が正義だと信じてやまない、そういう人間の暴走だ。  私はこの時はもう、瑛梨香よりクラスのみんなの方が恐ろしくなっていたのだった。火をつけたのは他でもない、私自身のはずだというのに。
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