祝宴

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 森に舞い戻ってきた火焔は、住居の結界を解き足を踏み入れた。石畳を進むたびに、主人を迎え入れた木灯籠が両側に紅い輪を放つ。    鬼は人間の生き血を吸い、その躰を喰んで己の命を繋ぐ。若い年頃の女が一番甘美であったが、火焔は特に見目がよく穢れのない娘を好んでいた。  しかし、いつからか、どんなに女を求めても飢えは一向におさまらない。その飢えは、清流の水を飲んだり、新鮮なクコの実や胡桃を食することで満たされるものでもなかった。  道の開けた場所に出れば、広大な池を湛えた向こう側に御殿が見える。濃い夜霧が入り母屋の物々しい屋根を覆い、四方へ複雑に張り巡らした濡れ縁を不気味に浮かびあがらせている。  火焔は八ツ橋を渡りながら、胸の傷痕に片手をやった。片方に女――少年を抱きかかえているせいか、新傷が疼きだしている。うら若い娘にやられた時の痕だ。  火焔は鬼とはいえど、どちらかと言えば人間的な性格であった。本来生きるために鬼が持つ、荒々しさや無慈悲な振舞いに欠けている。そう自覚はあったものの、人目を惹く容貌が彼を助け、喰べるのに困ることはなかった。  日が沈む頃いつものように里へ降りた火焔は、ふと遠方へ気が惹かれた。紫紺の空に火の玉が上がり、続いて朱の花が咲く。目一杯広がったかと思うと、大輪は空気を震わせ、儚くも雫を地上へと落としてゆく。
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