祝宴

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 幾度となく繰り返される一連の光景に目を奪われた火焔は、気づくと足の向くまま城廓の内部に忍びこんいた。夜闇に佇む庭園の中は、池に満月を映して煌々とした輝きに満ちている。すっかり落葉した深紅のもみじが水面に集まり、一筋の帯となって月までの懸け橋を作っていた。  思わず見惚れていると、緩やかに流れる帯の先、石橋の中央に人影があるのを認めた。青白い逆光を受けて、同系色に染まった打掛と横顔が微妙な陰影をなし景色に溶け込んでいる。ただそれだけなのに、誰も寄せつけない美しさが周辺に漂っている。  ふと、石橋の人物と視線が交わった。女は生気のない虚ろな瞳をしばし火焔に向けていたが、大輪の花が夜空を明るく染めたとき、急に畏れを抱いた顔つきになり走り出した。  一瞬の間の後、火焔は本来の目的を思いだし咄嗟に追いかけた。水面を足で弾くと、月が幾重にも歪んでゆく。脚力の差は歴然であり、あっという間に娘の肩を掴んだ。勢いに任せて押し倒し、仰向けにする。  互いに息が上がり、火焔の両肩を押さえる腕に自然と力が入る。二人の頭上には、絡み合う枝葉を通して真っ直ぐ月光が差した。 「……鬼……なんて、嫌いだ」  相手の、振り絞って出た声は震えている。しかし瞳は暗がりで鋭くものを言う。娘はもう一度口にした。 「本物の鬼……、でも人間も変わらない。みんな、鬼。……鬼なんか大嫌いだ」
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