祝宴

1/10
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ

祝宴

 人間の不幸は鬼の幸――。  年の瀬が押し迫るなか、空腹を満たせぬまま末を迎えようと観念していた火焔は、当夜になって思わぬ上物を手に入れた。自棄になって人里へ降りようとしていた時である。  凍てついた真冬の川原で、まだ年若い人間を見つけた。目立った傷はなかったが、既に息は途絶えている。逃げてきたのか自ら赴いたのかは定かでないが、不運にも、この若人は年を越す前に里端で倒れたらしい。  被衣は身につけておらず、金糸で睡蓮の刺繍を施した小袖が月明かりに際立っている。艶やかに乱れた長い髪を払い除けると、凛とした顔立ちの娘が静かに眠っていた。  火焔は試しに顎を引き寄せ、凍えた娘の下唇を牙で咬んだ。久しぶりに喉の渇きが癒される気がする。軽く味見をして傷口を舐めとり、躰のほうへも興味が湧いた。  しかし、胸元に手を差し伸べたとき奇妙な感覚に陥った。やや乱暴に帯を解き小袖を脱がすと、それは紛れもなく少年である。  無垢な肌質がちらつく雪と相まって、白さをより引き立たせている。線の細い体格は年頃の女そのもので、特別めざとい者でなければ怪しまれることもなかっただろう。  少々当てが外れた火焔だったが、若い人間の血を口にできたのはこの冬始まって以来だったため、物珍しさもあり寝床へ持ち帰ることにした。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!