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学園都市コトバノミダレ
学園都市という中二病的においしい用語があるけれど、残念ながらここは都市学園である。
東京都足立区にある都市学園高等学校には科学法則を超越した特殊能力、通称「異能力」を持つ生徒が全国から集められており、在校生は異能力による社会貢献について日々学んでいる。
新入生は毎年何もしなくても集まってくるし、異能力を持つ生徒は推薦入試やAO入試で有利になるので大学受験にも困らない。国からの補助金や卒業生からの寄付金のおかげで高校の法人経営は順調であり、全国の教員志望の大学生からは理想の就職先と見なされていた。
そんな都市学園で近年問題となっているのは、若者の言葉の乱れであった。
「おはよう。級長、いつものを頼む」
月曜日の朝8時30分。2年C組の担任教師である芥川文明は教室に入ると、級長に一連の儀式を行うよう命じた。
「拝承。起立! 気を付け! 礼! 着席!」
またこれだ。
「せんせぇ、ぁたしぃ、マヂねむぃんだけどぉ……」
「こら、山田。ギャル語で喋るのはやめなさい」
「先生、そう仰いますけどね、僕らは普通に喋ってるつもりなんです、確かに先生から見れば、変なイントネーションに聞こえるかも知れませんけどね、それでも」
「山崎! ちゃんと句読点を使い分けろと言っただろ!」
「担任教師もそう激怒せず、早急に学級活動を開始してくださいよ」
「秋津、イライラするからやめなさい! まったく、お前たちは……」
言葉の乱れが問題となる中、2年C組には特に問題のある生徒が集められ、前任校で生徒の言葉遣いを改善させた実績のある芥川は担任としての勤務を命じられていた。
受け持っている現代文の授業では徹底的な文法指導と音読教育を行い、その成果は抜き打ちで行う小テストで確かめていたが、学級内での言葉の乱れは中々改善されなかった。
強力な異能力を持つ生徒ほど言葉の乱れもひどくなる傾向にあり、芥川は生活指導と日本語指導の両立について日々頭を悩ませていた。
ある日の放課後。芥川は“吸引”の異能力を持つ生徒が一か所に集めたごみをちりとりに集め、教室後方のごみ箱に捨てていた。
「ぁのぉ、今ぁ、ちょっとぃぃですかぁ」
話しかけてきたのは、生徒の一人である山田だった。
「どうした、山田。今日は掃除当番じゃないはずだが、何かあったのか」
「カレシの太郎くんが、最近なんかぉかしぃんですぅ。デートのときもハナシが通じなくて」
以前は会話が通じていたのかと思いながら詳しい事情を聞くと、山田の彼氏である2年B組の須磨保太郎が、近頃奇妙な言動を繰り返しているという。
「ぁたしの前だとジジョーを話してくれなぃんでぇ、せんせぇに助けてほしぃんですぅ」
「分かった。今度、授業中に様子を見てみよう」
芥川の返事を聞いた山田は喜びながら“反重力”の異能力でごみ箱を浮遊させ、そのまま宙に浮かべて教室を出て行った。お礼にごみ捨て場まで捨ててきてくれるのだろうと芥川は理解した。
その翌日。芥川は現代文の授業で2年B組を訪れていた。
保太郎の姿は窓際の後ろから2番目の席にあり、授業が始まってしばらくすると、彼はテキストから目を離して窓の外の風景を眺めていた。
このままでは何も分からないので、芥川は保太郎の反応を引き出すことにした。
「それでは、テキスト34ページの問題3から答えて貰おう。須磨!」
保太郎ははっと気づいた表情になると、にやりと笑って答えた。
「また俺、何かやっちゃいました?」
「特に何もやっていないぞ。いいから答えてくれ」
「少しは本気が出せそうですね……」
不気味な笑みを浮かべてそう言うと、保太郎はテキストの問題の解答を述べた。
「隴西の李徴が虎と化したのは、臆病な自尊心と尊大な羞恥心ゆえのこと。本文からはそう読み取れますが、これは意味が通らないのではないですか?」
「うーん、それは読解がおかしいな。まあ、それがこの『山月記』という小説の魅力である訳だが」
芥川が指摘すると、保太郎の眼がぎらりと光った。
「先生。先ほど仰った『俺の読解がおかしい』って、読解が鋭すぎておかしいって意味ですよね?」
「いや、間違っているという意味だが……」
山田が話した通り、確かに保太郎の言動は奇妙だった。
「おい、須磨。先生が困ってるじゃないか」
学級委員長の兼末が奇妙な言動を咎めた瞬間、
「黙れ」
保太郎は静かにそう言うと、机をドンと叩いた。
突然の行為に、教室内がざわつき始める。
「須磨、余計な話はいいから、授業に集中しなさい。もっと文学の神髄を味わってだな……」
「俺たちの自由な発想を奪って教育の押しつけか。まるで将棋ですね」
「は?」
芥川が困惑していると、今度は兼末が机をドンと叩いて立ち上がった。
「いい加減にしないか! 須磨、君の態度には僕らも腹が立ってたんだ。授業を妨害するなら教室から出ていけ!」
兼末はそう叫ぶと右腕を突きつけ、“疾風”の異能力で保太郎を上後方に吹き飛ばした。
局所的に発生した突風に飛ばされ、保太郎は教室後方のロッカーに背中を打ちつけた。
「兼末、暴力はいけないぞ!」
「そうかよ……じゃあ、このクラスの『王』を取ってやるさ!」
芥川の注意も空しく、立ち上がった保太郎は“超音波”の異能力で高周波の刃を展開し、兼末に突きつけた。
兼末も負けじと疾風の刃を展開し、二人は教室の後方で切り結ぶ。
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!
「流石は超音波の能力者。授業妨害ばかりが能でないということか!」
「てめえのそういう態度が気に食わねえんだよ!!」
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!
保太郎と兼末が切り結ぶ中、教室内では二つの刃から生じる超音波と突風が荒れ狂い、男子生徒は必死で耳を押さえ、女子生徒はスカートがまくれあがらないよう手で押さえている。
「お前ら……」
芥川は中年男性なので超音波が聞こえず、教卓のおかげで突風からも身を守れていた。
「いい加減にせんかあっ!!」
芥川がそう叫んだ瞬間、展開されていた二つの刃は消滅し、超音波と突風も止んだ。
都市学園に集まる生徒は誰もが異能力の持ち主だが、同校のOB・OGを中心として、異能力を持つ教員も複数存在していた。
芥川もその一人であり、彼の持つ異能力は“校正”という名で呼ばれている。
突然静まった教室内で、保太郎が再び口を開いた。
「いみじう傍ら痛し。かやうな様を見られ奉りては心憂きかな」
保太郎の様子に驚愕する生徒たちに、兼末も弁解を始める。
「此の程はいといとかまびすしき行ひ、かたじけなく存じ奉り候。いざ、例の学びに返らん」
“校正”は目の前の人物が発動させた異能力を打ち消すことができる強力な異能力だが、能力を打ち消すと同時に相手の言葉遣いを古語にするという副作用もあった。
「先生、彼らを大人しくしてくれてありがとうございます。ところで、何分ぐらいあのままなんですか?」
珍しく普通の言葉遣いである女子生徒が尋ねてきた。
「1週間はあのままだ。正しい日本語などという概念は時代によって移り変わるが、あれなら文句を言われることもないだろう。……さて諸君、私に異能力を使わせなくて済むように、今後も言葉の乱れには注意してくれ」
芥川がそう答えると、生徒たちは真剣な面持ちでテキストに目を通し始めた。
都市学園に言葉の乱れがある限り、芥川の戦いは終わらない。
(END)
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