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「はい、それはもう」
「でな? この店に来る女は俺らみたいな『神々』と恋愛をしにくる女神様になるんだよ。言ってるだろ? お客様は女神様ですって」
「はい」
「女神様は神域にきて『神々』と酒を飲んで夢心地気分だ、現実じゃねぇんだよ。女神様だって用を足すだろう? そんな中に『モップとバケツ』が目に入ってみろ? この時点でもう『現実』だ。女神様は下界の『女』に戻ってしまう」
「あ……」
「これで二度と来ないってこともあるからな。女神様の前では『現実』を見せないようにするのが『神々』の仕事だ。分かったな?」
「はい、以後気をつけます」
水輝は慌ててトイレに向かって走っていった。遊生輝は「しょうがない奴だな、ホント」と、思いながら腰を下ろした。すると、バックヤードに一人のホストが水輝と入れ替わりに入ってきた。
「おつです」
そのホスト『海王(かいおう)』こと『鮫島二郎(さめじま じろう)』遊生輝に一礼をし、隣に座った。そして、遊生輝に尋ねた。
「今日の売上、どうです?」
「四半日、ショッピングに付き合った礼としては上々だ」
海王は現時点のナンバー2ホストである。遊生輝が入店する前までのナンバーワンホストだったのだが、遊生輝に一度ナンバーワンの座を奪われ頭角を現すようになってから一度も勝てていない。
海王のホストとしてのスタイルは枕営業と色恋営業を混ぜたもの。肉体関係を結んだ女性の情の入りやすさを知り尽くし、自分の体を女性に売り渡し、女性の体も心も手に入れることで売上に繋げていくものである。
相手は選ばない、醜女であろうと熟女であろうと老婆であろうとお構い無しに売上の確約のために体を許す度量の深さを持っていた。体を売って指名をとるそのスタイルから「男娼」と蔑みの目で見るホスト仲間もいるが、歌舞伎町では売上が絶対の世界。このスタイルでかつてはナンバーワンになる程の売上を出し、今はナンバー2をキープしているために結果は出している。
だから、海王本人は蔑みの目で見られていることを負け犬の遠吠え程度にしか思っていない。
一方、遊生輝のホストとしてのスタイルは、友達営業。簡単に言えば気楽な飲み友達感覚で一緒に酒を飲むことである。疑似恋愛的な要素が薄く高級な酒を注文してもらうには向かないが、関係性を長く保つことが出来る。遊生輝はどのような客が来ても楽しく話が出来るように自らの教養と話術を研鑽に研鑽を重ねた。そのおかげか「一緒にいるだけで楽しい」と思わせるホストに自らを昇華させるのであった。友達営業は長く続けるうちに客の方が本気になり、本カノ営業や色恋営業にシフトしがちであるが、遊生輝の方がそのつもりがないためにのらりくらりと躱されている。客は躱されても遊生輝と一緒にいるだけで楽しいために友達営業だと分かっていても高級な酒を注文してしまう。当然、枕営業なぞはするはずもない。遊生輝はこのオリュンポスに入店して以降、客に誘惑されることはあれ、体を許したことはない。
この正反対なスタイルのホスト同士が切磋琢磨し、競い合うのがこのオリュンポスの花であると言えるだろう。
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