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金髪の不良
新しい一年の始まりに心を躍らせる人はそう少なくないだろう。去年の僕もそうだった。
家から徒歩15分の私立高校に特待生として合格。
憧れていた制服に袖を通し、特進クラスの生徒だけがもらえるバッチをブレザーの下襟につけた。期待を胸に、青く澄んだ空を眺めながら、通学路の途中にある河原に生えいる満開の桜の木を横目に登校した。
それからもう一年。学校にも慣れた僕の二年目の春が始まった。
始業式で校長先生から新学期に備えてお言葉を頂戴しているが一切耳に入ってこない。
僕は緊張する場面に出くわした時や、考え事をする時に目にかかりそうな前髪をかくように弄る癖がある。そして今、前髪を触っている。
教室に如何に早く帰り、この体育館に如何に早く戻って来れるか。
これを考える理由は一つ。始業式が終わった後、不良グループに呼び出されているからだ。場所は不良の溜まり場であるお決まりの体育館裏。
この不良グループのことを知って不良という定義が分からなくなった。
黒髪という校則を無視して茶髪や金髪。ピアスに着崩した制服。先生にもタメ語。気に入らない奴がいればガンを飛ばして殴る蹴る。これが僕の想像する不良だった。
この学校でそれを具体化しているのは一つ上にいる有名な先輩だけだ。
だが、今呼び出されている同じ学年の三人から成り立つこの不良グループは髪も染めることはなく、制服も規定通りに着ている。側から見ると真面目な学生にしか見えない。だからタチが悪い。特にリーダー格である佐久間忠志という不良は親が市議会委員ということもあり、やりたい放題だ。
長期休暇に入る前、必ずこの佐久間を含めた三人の不良は特進クラスの男子をランダムに三人選ぶ。選ばれし者にはタスクが科せられる。長期休暇で出された彼らの宿題をするように。
「やらせてください」と言うまでネチネチと小突かれたり足を踏まれたり、目につかないような箇所をつねってきたりする。あくまでもボランティア形式だと言い張る彼らに「やらせてください」と言わざるを得ない。
僕たち特進クラスの男子は期末試験の結果より、この理不尽極まりないタスクを出してくる彼らに怯えていた。
そして今回、春休み前の選考会で、僕は三人の一人に運悪く選ばれたのだ。
始業式が終わるなり、誰よりも早く教室に戻った。
5教科7科目分、各一冊十ページで終わりそうな薄い問題集を七冊腕に抱えた。教室に戻ってくる生徒とぶつからないように、全速力で体育館裏まで走る。走ることは得意じゃない。でも次の授業が始まる前に渡さないと何をされるか分からない。実際に遅れて殴られた生徒もいる。腹や背中だけを。
時折、同じクラスの生徒を見かけたが、申し訳なさそうに僕のことを見てきた。
でも、きっと内心は「今回は僕じゃなくてよかった」と安心しているのだろう。夏休み、冬休み明けの僕のように。
ここを曲がれば体育館裏という場所まで来て腕時計に目を遣る。間に合った。ケラケラと笑っている佐久間たちの声がする。
僕はこのタスクが解放される嬉しさを一歩に込め、踏み出した。
「!!」
目に飛び込んできた光景に唾を飲み込んだ。
同じクラスの風間優斗が鼻や口から血を出し、泣きながら倒れている。いつも掛けている彼のメガネも側でバキバキに割れている。「許してください」とか細い声で懇願するも虚しく佐久間が笑いながら風間の腹を蹴っている。
「お! 神谷くん。来たか」
立ち尽くしている僕の存在に気づき、佐久間が風間を蹴る足を止めた。何事こもなかったかのように僕の方へやってくる彼に恐怖心は募る一方だ。
「宿題、あ、ボランティアやってきた?」
「は、はい」
声も手も震えながら七冊の問題集を差し出した。
「よかったな。君もやってこなかったらあんなに風になってたんだよ」
風間は強制ボランティアをやらずに始業式が終わるとここへすぐ来たのか。
僕は奪い取られた問題集を持っていた手を前髪にやった。
佐久間は笑いながら仲間のとこに戻り、今度は風間の顔を踏みつけた。
「あ……」
口が勝手に開いた。僕は何を言おうとしてるんだ。足も遅くて、ひ弱で力もない。勉強だけしか取り柄がない。助けに入ったところで二人同時にやられるだけだ。しかも風間は同じクラスだが友達でもない。
「何見てんの? 早く帰りなよ。あと、この事言いふらしたら神谷くんも学校に来れなくするから」
佐久間からの忠告に従う……のが今はベスト。
見ていない。僕は何も見ていない。本当に何も見ていない。
後ろに振り向き、その場を去ろうとした瞬間だった。
「た……助け……て」
今にも絶えてしまう様な声に聞こえないフリも出来た。このまま去って何もなかったように授業を受けることも出来た。
でも僕にはそれが出来なかった。
背を向けていた彼らの方へ回れ右の様に一八〇度身体を回転させた。
「許して……」
「あぁ?」
三人が一斉に殴る手を止め、右手で前髪をかき、左手でズボンを強く握る僕に近づきながら眉間に皺を寄せて睨んできた。目線を合わすことができない。迫力に全身が震え、目からは涙が溢れた。死を覚悟した。なんとか殴られないように、刺激しないように、と考えながら右手もズボンを強く握り、声を振り絞った。
「許して……あげてください。僕が……宿題……やりま……グァッ」
初めて思いっきりお腹を蹴られた。身長も一六三センチしかない僕は勢い良く吹っ飛んだ。これが鳩尾に入るということなのか。息が出来ない。苦しい。でも佐久間たちは容赦ない。お腹を押さえて縮こまり倒れている僕の髪を鷲掴みにした。一発蹴られただけで言うことを効かなくなった僕の身体は彼らのなすがままだ。そのまま風間がさっきまで倒れていたとこに引きづられた。
風間はいなくなっていた。
幸いなことに彼は一瞬の内に逃れていたのだ。
これで良いい、と心の中で呟き、ギュッと目を閉じ僕は高を括った。
「……」
ドスッ、という三発の重い音。「ウッ」という三人の鈍い声。
……痛くない?
……殴られていない?
何が起きたんだ。
目を開けて周りを見渡すと僕の左に一人、右に一人、足元に一人、お腹を抱えながら倒れ込んでいた。そして腕を組みながら仁王立ちして僕らを睨んでいる人がいる。
金髪?
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