7人が本棚に入れています
本棚に追加
柱時計や置き時計などが並べてある店頭で、抄造が立ち話をしていた。
この家の1階は抄造が営んでいる時計屋で、近所の年寄りや主婦が買いもしないのに立ち止まり、抄造が茶菓子なんぞも出すものだから格好のたまり場になっているのだ。
らいとと怜布は書斎を飛び出した。
が、一目散に階段を駆け下りる怜布に遅れ、らいとは子供部屋を通り過ぎようとして、自分の勉強机の上に見慣れないものが置いてあるのに気付いた。
部屋に入って手に取ってみると、それは信の書斎の棚にあった隙間にちょうどおさまるほどの薄いノートだった。
そのノートに広告の切れ端が栞代わりに挟んである。
そのページを開けてみると、手書きで去年のプロ野球記録が書かれている。
達筆な抄造の文字ではなく、信の角角とした文字の鉛筆書きだ。
「盗塁王は……、と」
らいとは、内さん家で見つけた紙切れに書かれたその難しい3文字の漢字を、ノートに指を滑らせながら探した。
「蓮本……」
盗塁王:蓮本、と書かれているのが見つかった。
蓮本選手。
先週くらいにテレビで見たような気がする。おぼろげに顔を思い出せる程度だが。
信が何か言ってたような。
足が速いんだよな、でも速けりゃ盗塁王になれるってもんでもないんだよな――それから、――それから?
「お父さん」
らいとは書斎に戻り、信に尋ねた。
「蓮本のこと、この前何か言ってなかった?」
「ん? 蓮本? 去年の盗塁王の?」
「うん」
「ああ……あいつは高校の時はピッチャーでホームランもよく打った奴だって言ったぞ」
「今はピッチャーじゃないの?」
「今は外野手だ。プロ野球っていうのは野球が上手い人ばかりが来るところだからな。蓮本はしばらく悩んだらしいぞ。高校の時は天才と言われたが、プロの中じゃ自分は普通でしかないって気付いて」
「それで?」
「だから他の誰にも負けないものを探した。そうしないとプロ野球の世界の中では生き残れない。そして足の速さをトレードマークにしたのさ。少しでも塁に出るチャンスを増やせるよう、スイッチヒッターに転向してな。そうやって自分の居場所を確保した」
「かくほ……」
「な、な、お父さんの説明、わかりやすいだろう。じいちゃんに負けないだろ――」
最初のコメントを投稿しよう!