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信のセリフの途中で、らいとは小さく「あっ」と声を上げた。
そして再び窓から下をのぞき込んだ。
太めの猫が向かいの塀を伝って歩いていた。
「あれだ!」
「――え?」
信はまだ何か言いたそうだったが、そんなのを聞いてる場合じゃなかった。
らいとは一目散に外へ飛び出していった。
その猫にそういう気があったのかどうかはわからない。
けれど、格別毛並みが良いわけでもなく、器量良しであるわけでもない、その雑種の猫は、「ケイト」と名付けられてこの辺り一帯のご近所さんからかわいがられていた。
「ケイト」とは、編み物の好きなたばこ屋のおばさんが、その毛並みのもつれ具合が毛糸玉のようだと言って付けた名前である。
いつだったか店に来た客の誰かがケイトにえさをやりながら抄造と話しているのをらいとは横で聞いていた。
「こいつ、猫なりに考えてやがるんだよな。器量はどう割り引いたって他の猫には劣るけど、愛嬌だったら誰にも負けねーぞ、ってな具合に生き残る方法を確保したわけだ」
そうなのだ。ケイトはものすごくかわいい声を出す。
それが猫なで声というのかどうかは知らないが、とにかくつい振り返ってしまうほどの愛らしい声なのである。
笑いかけているのかどうかは定かではないが、こっちの警戒心を解くような愛想のある瞳で見つめ、そして人懐こくじゃれてくる。
ケイトに甘えられてすげなく出来る人はまずいない。
そうやって、かくほした。
みんなからここにいていいよ、というお墨付きを。
自分の居場所を。
らいとは外へ駆け出てケイトが行った方を追った。
つまり、「ルート変更の盗塁王」とはケイトのことを指すのではないかと思ったのだ。
普通にしていてもかわいがられるならば、ケイトがあれほど愛嬌を振りまくようになったはずはない。
器量が今ひとつだとわかっていたから、普通のルートではない道を探し当てた。
他でもない抄造がそう言っていたのだ。
――蓮本は最初はピッチャーだった。だけどそれじゃプロでは通用しないと気付いて、違うルートを探した。
それが盗塁王。
そういうことなんじゃないか。
ケイトは結局、誰の飼い猫になるでもなく、お気に入りの場所をいくつか作ってはそれらを回っているようだった。
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