機動回収部隊

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「機動回収部隊をここに!」 本来なら、彼の部隊を動かすには様々な手続きがあるのだが、そうも言っていられない状況が起きた。 直ちに機動回収部隊が召集され、建物を取り囲み、出入り口を閉ざし、窓という窓を覆い尽くしてから一週間。ようやく本体が突入する運びとなった。 閉ざされた建物内の奥から、ビリビリとした振動が伝わる。防音機能がついたヘルメットでなければ、間違いなく耳を痛めている。 「先輩、建物の外からでも聞こえていたこの音、いったい何なんですか」 数ヵ月間の研修を終えたばかりのキサラギが、顔に深い皺を帯びるベテラン回収者のムツキに問いかけた。 「盗難防止用の警告音だ。ヘルメットしていても聞こえるとなると、音量調節が完全に逝かれているな」 キサラギの顔が、たちまち苦虫をかみ潰したようなそれに変わる。 「無理もない。奴らも必死なのだ」 建物を占拠したのは人ではなく機体だ。 どのような機体でも耐久性があり、劣った状態になると、手続きに従って廃棄される。ことになっている。 と、言うのも、廃棄するのも金がかかり、人間と同サイズぐらいの大きさ以上の物となると、それを移動させるためだけの手間賃がさらにかかる。よって、何十年に渡り家屋や倉庫の奥に放置されたり、山などに不法投棄されることが多い。 そして現在、機体の多くが人工知能搭載型が主流になり、廃棄される前に機体が逃亡してしまうことが続出している。 「奴らも回収されたら最後。素材毎に分解されてしまうと理解しているのだろうな」ムツキは吐きすてるかのように言葉を続けた。 「建物外部の警備配置は完了した。建物内への突入を許可する」 二人のインカム越しに、本部からの伝達が届く。 「了解。キサラギ、いくぞ」 「はい」 二人はヘルメット上部のライトを付ける。身体には強化スーツの上からプロテクター。その装備は強行突入部隊とほぼ同等の装備で、違うところは刺股に捕獲用ランチャーを手にしている点であろうか。 「私が先に行こう。いいなキサラギ、訓練通りやれば大丈夫だ」 だが、訓練とは違って、いや正しくいえば、いつもの機体回収と違って、回収すべき機体がまだ稼働中なのだ。 「機体の完全停止を待たずにですか?」 機体が入り込んだ場所の出入口を閉じ、電源をすべて切り、機体自体が備蓄している電源が落ちるまで待機し、複数の部隊が同時に突入し、突入場所からしらみつぶしに進み、機体を発見、回収する。それが機動回収部隊の手順だ。 「……キサラギ、この建物が何なのか習ったことがあるはずだ」 「ええ、ありましたね、社会科の教材資料の中に」 キサラギはこの建物で行われる事業を思い出し、機体の完全停止を待たずに回収作業しなければならない理由に思い至ったようだ。 「すると、最初に確認する場所はここ?」 キサラギがタブレットに表示された建物内の見取り図のある一点を指差した。 「理解が早くて助かる」 こんな機動回収部隊という下っ端ではなく、もっと別なところが相応しいはずなのだが、ここしか内定をもらえなかったと、キサラギ自身がぼやいていたのをムツキは思い出す。 「キサラギ、後方確認を怠るなよ。ムツキ・キサラギ班突入する」 インカム越しに了解の応えと同時に、二人は暗い建物内へと入っていく。 建物全体の出入口に窓は閉ざされ、あらゆるライフラインは閉ざされ、明かりは二人のヘルメット上部から照らされるもののみ。頼りないその明かりの元で二人は奥へと進む。 別の入口から突入した仲間とインカム越しに交信を行い、建物の奥へと進んでいく。 「先輩、この絨毯の剥がれ方、ちょっと変わっていますね。等間隔に三角の切れ目があります」 「この剥がれ方は、DD-4輸送機体シリーズの通行跡の特徴と一致するな」 ムツキはタブレットから、そのDD-4輸送機体の全体画像一覧をキサラギに見せた。 「この機体のどれかが、この建物にいる訳ですね」 建物に侵入した機体の情報は皆無に近い。突入した各部隊がその情報に繋がる痕跡を集めながら、回収する機体を特定し、同時にその機体の存在も確認も行っていく。 だが、ムツキ・キサラギ班は、この建物の心臓部というべき場所へ急行せよという指示を受けている。 新人教育としての実戦なら、通常の機動回収業務班に組み込まれるべきなのだが、心臓部での作業に適任者としてムツキが、そのサポートにベテラン機動回収部隊長のキサラギが選ばれた。 二人はその心臓部に向かって一直線に進む。だが、侵入された機体と複数体同時に遭遇する確率を下げるために、そこにたどりつくまでまでにある部屋という部屋のドアを塞ぎ、機体がいないか確認しながら進んでいく。 「もうすぐだ」 キサラギが立ち止まり、後方を確認したそのとき、僅かな光の筋が横切った。 「先輩!、機体の画像撮れました」 ムツキが見せろという前に、キサラギがその画像を転送する。 「ドンキーだ。先程見つけた痕跡の機体はそれだ。追うぞ」 キサラギは刺股を背中に背負い、捕獲用ランチャーを手にし直しなおす。 「ドンキーといえば、個人用の輸送機体でしたよね」 「ああ、農作業用に開発された荷台だ。小型で人間一人ぐらい乗せられることから農作業以外でも使われ、我が社を代表する機体となった」 販売当初、あまりにも人気が出すぎて、製造しても生産に追いつかず、高額な転売品として、また生産が落ち付いてからも盗難被害届が続出した製品でもあった。 と、二人のヘルメットから放たれた光が、開け放たれた部屋へと入り込むその姿をとらえた。 「しめた、部屋に入ったぞ。ドンキーを起動停止させる。手筈通りにいくぞ」 キサラギは背中に背負っている袋から簡易バリケードを取り出し、部屋の入口に設置し、二人して部屋内へに入る。 ムツキのライトがドンキーを捉え、この場から逃がさないの意を示しながら刺股を構える。その間、キサラギはライトを消した状態で、部屋の隅を伝いながら機体の後ろへと回る。 部屋、もしくは行き止まりで退路を立ち、機体の動力を奪い、挟み撃ちにして回収する。シンプルな回収作業だか、人工知能が壊れた機体に対しては常に危険が伴う。 ヘルメット越しにビリビリとした振動が伝わる。空気を伝わう振動だ。 その振動でムツキが手にした刺股が揺らぐが、両脚を踏ん張り両手に力を込める。 「先輩」 インカム越しにキサラギの声。 キサラギがドンキーの後ろから、刺股で動力部を押さえる。ドンキーから発せられる振動が止まり、次の振動を起こす前にムツキが刺股を突き出し、刺股を手放したキサラギが捕獲用ランチャーを構え、放たれた網が機体全体を覆う。 ドンキーの動きが一瞬止まったその隙にキサラギが馬乗りになり、人工知能に繋がる導線を切断する。 「DD-4輸送機体、通称ドンキーを確保しました」 後部で待機している回収部隊から、了解の解答が返ってくる。 「キサラギ、あとは回収部隊に任せよう。心臓部へ急ごう」 「はい」 簡易バリケードを回収し、捕獲用ランチャーに新たな網をセットし直し、二人は部屋を出て先へと進む。 建物に突入してどれくらいの時間が経っただろうか。ようやくこの建物の心臓部手前の広場へたどりついたのだが、 「よりによって、ウォッチドックか!」 ヘルメットから伸びる光の筋が、細長い機体の影を捕らえている。 「先輩、回収作業が厄介な機体なのですか?」 「ああ、DD-01シリーズの中で一番捕獲しにくい機体だ。挟み撃ちで確保はしにくい。ライトは付けたままで、捕獲用ランチャー連打で捕獲するぞ。お互いの射程距離に気をつけろ」 建物の心臓部に、ウォッチドックに侵入させないのが最大の重要事だと、ムツキが早口で告げる。 二人はビリビリとした振動を受けながら、ウォッチドッグを中心に、円を描きながら捕獲用ランチャーを発射し続ける。 「先輩!」 キサラギの悲鳴に近い声と同時に、ムツキの目に無数の星が散らばり、反射的に腕と脚で機体に一撃。甲高い金属音が鳴り響く。 その一撃が効いたのか、機体は地面に倒れ伏し、ムツキが機体から離れたタイミングで、キサラギ捕獲網を放った。 「DD-01ウォッチドック捕獲完了。先輩大丈夫ですか?」 「ああ、ヘルメットが壊れただけですんだ。おれの腕と脚は機体だからな。インカムが使えなくなったので、他の部隊への伝達を頼む」 「後方の到着を待たずに進むと?」 「先に心臓部の確認をしてしまおう。それが我らに与えられた任務だ」 ムツキは壊れたヘルメットを外し、破損箇所を確認したあと、それを再び着用する。その間に、キサラギがウォッチドッグの人工知能に繋がる導線を切断した。 いよいよ心臓部内の確認だ。ムツキの捕獲用ランチャーの捕獲網は使い切ってしまった。ムツキはランチャーを部屋の隅に置き、刺股を手に建物の心臓部続く扉を開けた。 扉を開けるなり、強化スーツごしでもビリビリと伝わる振動が襲ってきた。 壊れたヘルメットでは抑えきれない音が発せられたのだろう。ムツキの手から刺股が離れ、頭を抱え蹲る。 心臓部にいたその機体の動きはやけに速い。キサラギの捕獲ランチャーが、ただの筒に化してしまっている。 (玩具として開発されたCC-22、通称キティだ。の人工知能が暴走すると、これほど厄介な機体になるのか) ビリビリと振動がムツキの行動力を奪い、インカム越しに、地声からも、キサラギへの指示が出せなし届かない。 そのうえ、キティが移動するたびに、意図的にかそれとも偶然なのか計り知れないが、僅かな明かりが心臓部内の被害が増えていくさまを照らす。 「あっ!」 キサラギの悲鳴と同時に、彼の身体を覆うスーツが切り裂かれた。 (もう一体潜んでいた! あの形状はCC-A6、通称バード。羽根状の機体がキサラギの胸あたりを高速で横切ったのだ。 「キサラギ!」 キティとバードが発する音に屈しながらも、ムツキはキサラギの元に駆け寄る。 その間に二つの機体は、ムツキが心臓部に突入する前に立てた簡易バリケードを易々と超え、部屋を飛び出した。 ムツキはキサラギのヘルメットを外し、インカム越しに他の回収部隊に機体逃走を通達する。 「くそっ、くそっ、くそっ!」 僅かな明かりの中、ムツキはキサラギの状態を確認する。 命に別状はないが、その躰に機体を装着しなくてはならない程の重傷を負っていた。 ムツキは唇を噛みしめながらキサラギへ応急処置を施し、簡易バリケードを倒し簡易担架へと変形させる。 タブレットから、ムツキ・キサラギ隊の撤退許可が届いた。 「……遅いわ」 (負傷するのなら、老いた自分だとよかったのに) 手動で簡易担架を移動させながら、ムツキは来た道を引き返す。 「なぜだ? さっき機動停止させたウォッチドッグがない?!」 回収部隊はまだ到着していない。それどころか、その部隊と繋がらない。 「さっきまで、本部とは繋がっていたはずだが」 キサラギのインカムからは雑音しか聞こえてこない。タブレットも反応なし。 ムツキは生唾を呑み込み、取り落とした刺股を拾い上げ、キサラギが持っていた捕獲ランチャーに残りの捕獲網を装着させ、慎重に慎重を重ね退却していく。 歩く度に、キサラギのインカムから、雑音が多くなっていく。 (なにが起こった……) ムツキは進む。時々、痛みに躰をよじるキサラギに大丈夫だと、手で軽く叩きながら。 (――もうすぐ突入口だ) ほうと安堵の息が漏れる。が、突入口手前の広い空間に足を踏み入れたそこで、ヘルメット上部の明かりが照らすその光景にムツキは目を見開き、息をのんだ。 「……なっ!」 後方で機体回収を行っていた部隊が、全員倒れ伏していたからだ。 「ムツキさん、逃げて……」 「逃げるって、何からだ」 その問いの代わりに、外から激しい騒音が轟く。ムツキは壊れたヘルメット越しに耳を押さえ、開け放たれた突入口の外へと出る。 「ああ……」 無数の機体、機体、機体…… 太陽の光を背に立ち塞がるその中に、ムツキとキサラギが起動停止させた機体が混じっているのを認めた。 ピラミッド型に積み上がり、一斉に騒音をたてる様は、 「ブレーメンの音楽隊の表紙そのものではないか」 ムツキの呟きに、国会議事堂と呼ばれる建物に向かって、つんざくような騒音が轟く。   「機動回収部隊が壊滅!?」 白髪の男が思わずオウム返しする。 「はい、人工知能搭載型の機体、それも遺棄されたものばかりが、国会議事堂を占拠し続けていると」 「次なる機動回収部隊を」 「無理です」 「では、自衛隊……」 「こちらも無理です。総理、機動回収という専門的な知識と技術を持った者は、数が限られています」 それ故に高度の技術を持った者に、高価な装備を与え、時には失った体の補助となる器具を与えてきたのだが…… ある経済ジャーナリストは報ずる。この一連の騒動は、政府と、上場企業が疎かにした事柄が積み重なって一気に崩壊したためだと。 そして現在、ありとあらゆるインフラ整備の、そこで稼働する人工知能機体が暴走し、生きた人々の生活を脅かし始めている。
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