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「私も実家に帰ってきたの、十年ぶりよぉ。施設に預けてた母が亡くなったもんだから、遺品の片付けに……」
「アッコー!」
隣人女の語りが終わらぬ間に、今度は嗄れた老女の呼び声が家屋の中から響いてきた。
「草むしりは終わったの? 次は、お風呂のカビ取りをお願いしたいんだけど!」
「はーい、お母さん。今行きます」
泥の着いた軍手を手早く外し、私は隣人・原口に頭を下げた。
「ごめんなさい、母が呼んでいるので……」
「いいの、いいの。こちらこそ、ごめんなさいねぇ。お母さんがご健在のうちに、孝行してあげてねぇ」
鍬を手に立ち去る私の背に、原口の小さなつぶやきが届く。その独り言に、私は聞こえないふりを決めた。
「アッコちゃん、若いわねぇ。私と十五離れてるから、確か五十近くになるはず。それに、全然お母さんに似てないわね……」
*
縁側に置かれた籐の椅子に腰をかけ、老女は柱の木目を一心に眺めている。怯えさせないように、けれど耳の遠い彼女にしっかりと届くように。優しく且つハッキリとしたトーンを心がけ、私は声をかけた。
「お母さん、ごめんなさい。つい、庭のお手入れに夢中になっちゃって……」
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