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柱から目を逸らし、老女は不思議そうに首を傾げる。しばらくして私を見つめ直した彼女は、初めて対面したかのように驚嘆の声を上げた。
「あなた、どちら様?」
「いやだ、お母さん。娘のアキコ。アッコですよ」
「まぁ、アッコちゃん? 大きくなってぇ……。何年生になったのかしら?」
想定通りな会話の流れに、私は軽く安堵する。事前に手渡された概要に倣い、小さく返した。
「うーん。四十年生くらいかな……」
今日から私は『遠藤明子』。
今日から私は、あなたの娘。
*
【母の好物】
・長芋とろろ飯
・筑前煮
・茶碗蒸し
・かき玉汁
使い古されたキッチンにて。細く記されたレシピ通り、私は食事の支度に取り掛かる。
「その前に、業務報告……」
時刻は午後四時。
母(遠藤様)は、未だ午睡から目覚めず━━とメールで打ちかけるも、まどろっこしくなった私は勢いのままに携帯電話の通話ボタンを押していた。
『お電話ありがとうございます。娘代行サービス【むすめ屋】でございま……』
「空き家じゃありませんでした、裏隣のお宅。虚偽申告じゃないですか」
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