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プロローグ スラム街にて
陽が地平線に沈み、多様な原色のネオンが蛍日のようにポツポツと灯り始めた頃。都市中心部に聳え立つジグラードタワーから南方に位置するスラム街をひた走る1人の男の影があった。何かに追われているのだろうか。鬼気迫る表情を浮かべた男の額に浮かんだ大量の汗を拭う素振りすら見せず、男はがむしゃらに何かから逃れているように見える。
複雑に入り乱れるプログラムコードによって組み上げられた仮初の肉体は現実世界の肉体と相似関係にある。そのため現実同様に身体を動かして体力を消耗すれば当然、息切れもする。物に触れればその際のデータが直接、皮膚を通して脳へと伝達され対象物の質感や輪郭が分かるように電脳世界によって与えられたボディーはそれ自体が1つの大きな感覚受容体であった。
五感レベルが現実世界と近似値にある男の肉体には無尽蔵の体力が宿るようなことはない。男はあえぐようにして酸素を肺に取り込みつつ無様に地べたを這いずり回るしかなかった。
山肌に群生した菌糸類のように天高く聳えた雑居ビル群の壁面はコンクリートともモルタルとも区別がつかず。剥き出しのままの赤錆に塗れた配管は窮屈そうにひしめきあっている。
(クソックソッ。あのアマ。俺を密告しやがったな。)
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