プロローグ スラム街にて

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 男にいつも金をせびってくる品の無い女衒(ぜげん)の顔がチラついた。  奥歯を強く噛みしめながらも男は、追手が迫ってきていないか背後を振り返り、身の安全を確保した後で古びた水銀灯の下を通って、廃ビルの中にその身を隠すことにした。  男が転がり込むように立ち入った廃ビルは、かつてビジネスホテルとして運用されていた(エクスマキナ上の設定)ようでエントランスにはホテルマンが立つ質素なフロントカウンターがあった。  埃に塗れたカウンターの上を飛び越えた男はすぐさまデスクの暗がりに身体を押し込め、乱れる呼吸を整えることに意識を集中させる。  ちょうど体力が限界へと差し迫っていた時に、たまたま逃げ込んだ先が身を隠す場所の多い廃ホテルだったことに自分は何て運が良いのだろうと男は歓喜の笑みを頬に浮かべながら『機械仕掛けの神』に感謝した。  遠方から微かに何者かの足音が聞こえてくる。男は酸素を求めようとする口を片手で覆い、微かな音さえたてぬよう細心の注意を払う。心臓の音がまるで早鐘のように短いスパンで拍動し、額から滲み出た汗が顎先を伝って床へと滴り落ちていく。  ここに逃げ込む場面は目撃されていないはずだ。焦る必要はない。そう自分に何度も言い聞かせるが手の震えは止まらない。
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