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気が付けばお前は、一番近くに居たはずの俺を置いて、さっさと歩き出してしまっていた。
似たような場所に揺蕩って居たのに、ほんの少し目を離した隙にお前の背中を遥か遠くに感じた。マイペースにゆっくり歩くお前の隣で、足並みを揃えるのは俺のはずだったのに。
俺はいつから、お前の背中を追いかける側になったのか。
俺の中のお前は、変わる前で止まっていた。突きつけられた現実を、無意識に拒否していただけだ。本当はとっくに隣り合って歩いてなんか居なかったのかもしれない。
俺は、お前が変わって、自分から離れていくのが嫌だった。
だけど、残酷にも白瀬は変わってしまった。
俺以外の人間がお前から言葉をかけられるようになった。お前に、手を伸ばせるようになった。お前が、笑いかけるようになった。
それらは何よりの証拠だった。
──気分屋で、孤高で無関心。
だけど俺にだけは、俺の声にだけ────同じように声を返していた白瀬は、もう居ない。
いつの間にか、お前の世界は広がっちまったから。
「なら……よかった」
赤い瞳は、黒い睫毛に縁取られた白い瞼で隠された。
こんな些細な事でさえ『線を引かれた』なんて、感じちまう俺って実は、笠田より女々しいんじゃねェのか?なんて、ちょっと嗤える。
今のお前は、腹立たしいほど俺に特別を与えない。
……けどなァ、白瀬。
その逆は──────…
俺が何かを与えるのは、お前が思うより簡単なんだって、知ってるか?
その気になれば、どうする事だってできる。
いくらお前が“白瀬”の人間だろうが、裏の事は管轄外だろう。
例えば、表の人間の手が届かない場所へ閉じ込めて、俺以外の人間からの接触を絶つのだって……容易ではないだろうが、できない事も無い。
“────人が怖ェなら、会えなくさせてやりゃァ良い”
そんな声が、最近どこからともなく聞こえてくる。
逃げねェように鎖付けて、鍵かって。
一緒に飯食って、風呂入って昼寝して。
甘やかして、甘やかして甘やかして────
そうやって何ヶ月も、何年もかけて、白瀬の恐怖心も警戒心も全部全部ドロドロに溶かして────俺が白瀬の1番になればいい。
俺だけを白瀬の視界に映る唯一にしたら、2番目も3番目も、その次も、存在しなくなるだろうか。
……もし、本当にそれが出来たなら、ぬるま湯に浸かるようでそれは、いっそ俺の方が多幸感に溶かされて止まなくなるだろう。
……けど、それをしないのは──────
「俺がお前を…………本気で好きだから、なんだけどなァ」
俺のそんな呟きにピクリと、まるで猫かなんかみたいに反応した白瀬は、再びその深い瞳でこちらを覗き込んできた。心做しか不思議そうな顔をしている……気がする。まァ、気の所為だろうが。
「……なに」
「……何でもねェよ」
俺にはぐらかされた白瀬は、されるがままに頭を撫でられる。
その眉間には、やはりシワが寄っていた。
…………いつか、屋上で寝惚けた時のように、素面でも嬉しそうに撫でられてくれる日が来るといい。
ただ、そんな本来ならちっぽけなはずの願いさえ、白瀬相手じゃ何年掛かんのかわかんねェよなァ、と思うと、つい苦笑が溢れた。
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