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………………いいいいいや、時雨さん。これには訳があってですね。
なんて、心の中で言い訳をし出す俺の腕を掴んだかと思えば時雨は舌を打ち鳴らし、問答無用で俺を部屋の中へ引きずり込んだ。一瞬で先程まで向かい合っていたはずの男の横を通り抜け、あっという間に今度は時雨の目の前に連れてこられてしまった。背後には恐らく先程の男が扉あたりに佇んでいるはずだ。
「テメェ……何でここに居んだよ」
いやごめんほんっとにごめん、俺も冷静じゃなかったんだごめん。
射殺すような視線を向けてくる時雨に俺はフリーズし、脳内で謝り倒した。
今思えば、実家で来客対応中なら連絡が取れなくて当たり前だ。
「つーか……テメェはとっとと帰れ。いつまで居んだよ」
ため息をついた時雨が俺の背後に向かって「……ニヤニヤしてんじゃねェよ、気色悪ィ」と言うので、俺の両肩を掴む時雨の手をこれ以上機嫌を損ねないようにやんわりと退け、先程の男の方へ体を向けた。もちろん俺は初対面な上に、彼はそもそも時雨のお客さんなので、俺は時雨の斜め後ろあたりにとりあえず居場所を落ち着けた。
「いやァ〜……ええもん見れたなァ、思て」
「意味わかんねェ事言ってんじゃねェよ」
「はァ〜、遠くから来た甲斐あったわァ〜」
どうやら大事なお客さんではないらしく時雨の彼に対する扱いはやや雑。今も「相変わらずトチ狂ってんな、話になんねェ」と呟いているくらいで、俺は人知れずホッとしていた。
いやー、よかった。大事なお客さんじゃなくて。
もしそうだったら罪悪感尋常じゃなかったもんな。
彼に対してかなり失礼な事を考えていたからだろうか。
え…………っ
「…………っ」
彼は俺にまた手を伸ばしてきた。スっと反射的に一歩下がろうとしたが、その前に彼の手と俺の間を時雨の手が遮り、引いた後ろ足に重心をかける寸前でギリギリ留まった。
……あっぶな、初対面でチキンバレるところだった。
「触んな」
「はぁ〜、相っ変わらずケチやなァ……」
俺に伸ばされた手はバシッと、割と強めに叩き落とされた。
多分……多少、私怨が混じっていた気がする。
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