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俺は暫くして笠田に貰ったパンを食べ終えると、近くへ適当に置いておいたレジ袋から、先程買ったチョコレートの包みを1つ取り出して立ち上がった。
座っていてはパンの山に阻まれて手の届かないような、微妙に離れた位置に座っている笠田の近くへ移動し、包みを渡す。
「……げる」
事の他、放った声は小さかった。
……これはお礼だ。
パンを貰ってしまったし、また何か別で返そう。
本当は今、つり合うものを返したいのだが……2番目の兄がすぐに同等のものを返すと“仮は作りたくない”って意思表示になるって言ってたしな。
……実際に、時雨からも言われたことがある。 確かその後『ナメてんのか』とか『俺の────は黙って受け取れねェのか、あ"?』とか……何処ぞのパワハラ上司みたいなこと言ってたもんなぁ。
件の兄も元々素行は良くないタイプだったし……不良には変なルールがあるものだ。
例に漏れず笠田も不良だし……また何か勘違いされたら俺が悲しいだけだ。
「あ、げる」
震えた声が出ないよう、周りを見ず、他人の気配も意識しないように努め、再度俺は笠田にチョコレートを押し付けながら言った。今度は聞こえた筈だ。
……しかし、いつまで経っても俺の手の中のチョコレートが受け取られる気配はない。内心で『あの、今俺さ、手汗すごいから溶けちゃうんだけど……』などと戸惑い、意を決して視線をあげてみれば……何故か真顔の彼と目が合った。
?…………珍しい。いつも笑ってるのに。
笠田の様子には首を傾げる他無いが……いつまでもこうしている訳にもいかない。善意で渡したはずのチョコレートが『ドロドロに溶けてました』は如何なものかと思う。……それこそ嫌がらせだと思われかねないだろう。
仕方がない……
俺は笠田の片手を掴むと手の平にチョコレートの包みを置き、強制的に握らせる。なんとなく反応を確認しようと笠田を見るが、まだ真顔で俺を────····
ん……?
これ、もしかして放心してる……?
なんか、俺の事も見てなくない?
……ええと、まぁ、息はしてるし。とりあえず、この笠田は放置でいいのだろうか。
俺は笠田から離れ、流れで購買で買った袋を持つと、屋上を出ようと扉に向かって歩く。
「なんだ、今日はよく喋るじゃねーか」
が、後ろから時雨の声がかかった為、足を止める羽目に。
「…………」
「チッ……俺には黙んのかよ」
あぁ、もう……怖いから舌打ちしないでってば……!
……勿論、面と向かって言えた事など1度たりとも無いが。
とはいえ────あれだけ不満をたれておいてこう言うのも何だが、時雨は執拗いし、自己中だけど……友達が居ない俺の、たった1人の幼馴染だ。
「…………時、雨」
友達じゃない、友達じゃないけど……俺にとって、それに1番近い存在は、紛れもなく彼だった。
「…………また」
俺はそれだけ言うと振り返り、小っ恥ずかしさで幾分か勢い良く扉を閉め、階段を駆け下りた。
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