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驚いて掴まれている感覚のあるそこへら反射的に俺の視線が吸い寄せられると、続いて手の甲には軽やかなリップ音が弾けた。
「!!…………っ」
「……では、お気を付けて」
そう言って金色の星がチリチリと煌めく瞳を細め優雅に微笑む彼は、物語の中に住まう英国貴族の紳士のように堂々としており、下心が全く感じられなかった。だからなのか、男相手だと言うのに不思議と大した違和感も無い。
……その違和感の無さといったら、『むしろ、こちらがおかしいのか……?』と、うっかり錯覚を起こしそうになる程だ。
白い肌にサラサラとした白い髪────。
淡い金色の瞳をした彼は真っ白な服を着ており、月並みだが天使か何かのように見えた。
『悪魔────···!!』
……そんな風に、影で蔑まれてきた俺とは、本当に真逆な人だ。
彼は……どうして、俺なんかに優しくするのだろう。
あぁ……そっか。天使は差別しないのかな。
────例え、相手が悪魔のような人間でも。
なんて。
じゃあ、俺は…………?
そこまで考えたところで、俺はようやく我に返った。
彼に掴まれていた手はやんわりと引き抜き、軽くお辞儀をして足早に店を出た。
出る時にあの初老の……何となくマスターさんっぽい人と目が合ったが、あまりに動揺していた為おざなりにお辞儀すると、彼の反応も確認せずに店を飛び出してしまった。
***
店を飛び出して暫く、俺はようやく歩く速度を緩めた。
日が落ち、ひんやりとした空気が風に乗って肌を撫でて行く。そんな当たり前の感覚を認識できる程度に気持ちが落ち着いてくると、先程の思考が戻ってきた。
もし、仮に……自分が天使とか言われるような容姿だったとしたら、俺は分け隔てなく────···彼のように、差別なく周囲の人間に接する事ができただろうか。
いや…………俺には、到底出来なかっただろうな。
例え、俺が見てくれだけ綺麗になった所で、実際は何も変わらなかっただろう。対人能力が低いのは幼少期からで、それは身内に対しても同じだった。
恐らく、本当は姿かたちなんて関係ないのだろう。
今日の…………心地よくて安心できるのに、代わりに絶えず劣等感を刺激される時間は、俺にとってとても新鮮だった。
また、何処かで会えないだろうか────
そう、思えるのは……きっと、劣等感を感じながらも、彼から与えられる安心感や心地良さが、それを上回っているからだろう。
俺の言いたい事を、まるで手に取るように理解する彼の反応が、どうしようもなく気になるのだ。
「ぁ…………」
と……俺はそこで重大な事に気が付き、ハッとした。
「…………晩御飯、買い忘れた」
テンパって当初の目的はすっかり忘れ、あろう事か家近くの住宅街まで戻って来た俺は一人、ばかみたいに呟いたのだった。
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