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数分が経過し、1人の店員が注文を聞きに来た。
バーらしく殆どアルコールしか並んでいないメニューを眺め、私はあえてジンジャーエールを頼んだ。まだ若そうな彼の前だ、お茶に誘った手前酒はあまり好ましくないだろうと思っての事だった。
それで、彼は何を頼むのだろうか。
まぁ、実際は頼む内容以前に、『どんな声なのか』といった、本来疑問に思うより先に答えが出てしまうような事が気になって、彼の発声への期待が頭を占めているのだが。
しかし……
件の彼を見てみれば、メニューを両手で握りしめ、不機嫌そうな顔でこちらをじっと見ている。
それに店員が小さく肩を跳ねさせ、小さく噛み殺したような悲鳴を上げたが、彼は気が付いていない。
不機嫌そうな顔……
しかし表情以外から読み取れる彼の状態は、淡い赤色、緑色、水色……と様々な色がマーブルのように入り混じり、現れては消えていた。
今のこの状況から察するに、一番多く現れている淡い赤は恐らく焦りを感じているためだろう。少なくとも、目に見える仕草には怒りの感情が見られない為、単純な苛立ちでは無いと判断したに過ぎないが。
──────しかし、そこである可能性に思い至った。
まさか……
こじつけ的な思考回路ではある。そうではあるが……同時にそれを否定しきれない自分がいる。その線は濃いと、本能が絶えず訴えてくるのだ。
しばらく待ってみたが、やはり答える様子のない彼に「甘いものは……」と呟き、向かいに座る少年に視線を寄越し、様子を伺った。
果たして────そこに現れた色は。
パッ、と。大輪の花が咲くかの如く舞い散った鮮やかな橙色と水色、そして淡い黄緑色と黄色。
複数の感情が入り乱れる中、色濃く出たのは期待と驚き。
その後は容認と平穏、少なからず私の言葉に安心感を得たようだ。
うーん……これは見るからに……うん、肯定だね。
少年は未だ驚いているようで、ぱちぱちと何度も瞬いて居る。その表情は無表情の時より一層幼く見えて、思わず笑ってしまった。咄嗟のことだったのか、そこに緑色の色は無かった。
──あぁ、やっぱり…………これは、確定だ。
「……彼にはベリージュースを。甘くしてくださいね」
彼は恐らく────……所謂、人見知りだ。
そうと分かってしまえば、ここへ来る途中に見た彼に対する周囲からの反応が可笑しくて仕方が無い。全く、笑いを堪えるのに苦労する。
はは……いや、でも……これは流石に、初めてだなぁ……
店員が下がり、向かいに座っている少年を観察する。
視線を机に固定して何かを思案しているらしい彼をただひたすら注意深く眺める。内情を顕にしてしまう色は忙しなく移り変わるのに、彼の顔は一貫して無表情……あるいは僅かに眉を寄せた状態のまま。
そして、最後にぶわりと彼の周囲に広がったのは鮮やかな水色。
他人の感情の変化に敏感過ぎる程の私からしてみれば、彼は見ていて飽きないどころの話ではない。そんな彼は知れず、私に感情を垂れ流しながら一体何を考えているのやら。
今は、また緑色が現れ始めているが、先程は確かに掻き消えていた。
────いや、私相手に掻き消してくれた。
彼の事情がわかると、途端に可愛らしく見えてくる。
……しかし、実年齢さえも薄い布で覆い隠してしまうような寡黙で大人っぽい雰囲気も、彼がなにやら周囲に誤解されている原因のひとつだろうなぁ、と内心で苦笑する。
彼の顰められた表情は、元が酷く綺麗な顔をしているだけあって迫力のあるものだが……これほど愛らしく体格も小柄な彼が、どうしたらあれほど怖がられるようになるのか。
……興味があるな。
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