600度の贈り物

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「寛基、ちょっと」  私は息子に近づくと、家中に残る傷痕や凹みや穴をスマホで撮しておいて欲しいと耳打ちした。きっと、いつか宝物になる筈だから。私の説明を求めることなく、彼は「りょ」と頷いた。 「行くよ、チーズ?」  古い掛け声に照れながら、寛基がスマホを構える。桜の木の前で、母を中心に姉妹が並んで収まった。  住人が変われば、家の中も庭も変わるに違いない。新しい住人が、新しい家族の歴史を刻んでいくのだから。それでも、この桜だけは切らないで欲しいと願うけれど――。  ようやく温みを帯びた風が、緩やかに頰を撫でる。視線を上げれば、新しい季節からの贈り物が、(ふる)い家族の門出を見守る眼差しで綻んでいた。 【(りょ)
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