ボクとキミと、桜の記憶

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「私ね、もう名前を決めてるの」  彼女は小さな胸で、もっともっと小さなボクを抱く。 「おまえの名前はフク。今日から私達は家族になるのよ」 フク……それがボクの名前?今日からボクが、キミの家族に? 「フクは私の弟。私達はずっと一緒だよ」  彼女はボクの頭を撫で、満面の笑みを広げた。  屋外へ出ると、暖かな風に乗って小さな(はな)(びら)が舞っている。 「綺麗だな。丁度、満開だ」 「本当、立派なソメイヨシノ」 「フク、あのピンクの花は桜だよ。春にしか咲かない花なの」 これは桜…… ボクが家族と一緒に見る、初めての景色――。  末っ子となったボクは、それから何度も公園へ遊びに行った。一番お気に入りの玩具はボール。沙羅ちゃんが投げたそれを、ジャンプして空中キャッチするのが得意だ。 「フクー!もう一回行くよ!」  太陽の光を浴びて沙羅ちゃんが笑う。 「上手いぞフク!」 「沙羅、そろそろ休憩してあげないとフクがバテちゃうわよ」  木漏れ日が差し込む芝生の下、シートに座ったパパとママが優しい笑みを揺らす。  この家族の一員となってから、ボクは人間社会の色々な事を学んだ。  沙羅ちゃんはランドセルを背負い、学校と呼ばれる場所に行っている。宿題をやりたくないとボヤいているが、ママ曰く、嫌な事を我慢するのは社会人になるための修行らしい。  ボクは沙羅ちゃんに遊んで貰うため、いつもその宿題が終わるのをウズウズしながら待っている。きっとこの我慢が、ボクにとって成犬になるための修行なのだろう。  日本では怖い病気が流行っているらしく、パパは家で仕事をしている日が多い。  専業主婦のママは、テレビを観ながら「早く平和な世の中になって欲しい」と言うけれど。こうして家族と一緒に居られるなら、今のままでボクは十分幸せだ。この平和が、ずっと続いてくれたら良いと思っている。
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